セックス、トラック&ロックンロール・あの娘にこんがらがって…3
店先で缶コーヒーを飲む不貞腐れた呈の川崎を尻目に、アタシはトラックを駐車スペースへと乗り入れ、イグニッションを切った。その手は微かに震えていたが、その震源地が今さっきまで居たホテルの部屋なのは間違いなかった。 時計を見遣ると、なんだかんだ5時40分過ぎだった。
アタシは、大きく溜め息を吐いてから、トラックを降りた。このまま、建物沿いに奥へと進んで、裏口から入る手もあるかなと一瞬考えたが、それになんの意味があるというのか……却下、 小細工は要らない、ニュートラルで臨んで、アドリブでこなす……、そう方針を決めると店先へと向かった。
「サキ、どこ寄ってた?」
アタシは、川崎の足下に置かれたレジ袋に気付いた。
「一件、配達先あったのを忘れてて、電話の後でそのままさ。で?」
「あれ、なか入れてくんない訳? それにさ、用件はさっきもう伝えたじゃん。だから、あとは会話するだけよ。でさ……」
川崎が、レジ袋に飲み開けたらしいコーヒー缶を捨てて、入れ換わりそこから取り出した二本のワインボトルを両手で掲げると、アタシにこう続けた。
「昔話でも肴に呑もう、サキ」
「……」
額面通りにゃ受け取れないし、それとなく家捜しでもするつもり――
「サキ、なんか困る?」
「……なんで、別にィ」
川崎が、フッと笑むと突然ワインボトルを一本アタシに向けて放り投げた。虚を衝かれたアタシだったが、腰を屈めて落下寸前のボトルのネックを摑み取った。両膝立ちのアタシの視線は、店のシャッターと地面との接点に少しだけ出来た隙間を捉えていた。吐息を吐いたアタシは、静かに川崎の顔へと視線を移した。川崎は、どこか遠くを見る目付きでアタシを捉えていた。いや、なんか別のことを考えているようにも思えた。いくらでも、深読み出来る状況なのは間違いない。が、ニュートラルでいよう、キリがない。
アタシは、四つん這いになってさっき見た隙間へしれーっと手を伸ばして挿し込んで、一気にシャッターを全開にさせると、フッと我に返ったような川崎へ、こう告げた。
「川崎さん、入ったら。肴には困らないじゃない、お互いに」
一本取ってやった積もりだったが、川崎は、今、目ざとくそれに気付いたというように、こう返した。
「入りたいけど、この台車が邪魔なんだよね?」
出掛けに放置した台車だった。 なんか返そうと思ったけれど、ここはその手には乗らない方が、綻びが出来ずに、身のためだろう。
じゃ、開き直るか!
だから、アタシは、黙ったまま立ち上がって、川崎の前へ割り込むと、台車を押しながらカウンターへ向かった。背後では、そちらもまた黙ったままの川崎が、シャッターを勢い任せに下ろすその音が響いていた――
アタシは、ドアをノックした。JKは顔を出さなかった。スマホで確かめると、4時30分頃だった。
さて、どーしたもんか……。
と、奥の非常口付近の部屋から清掃を終えたらしいメイドが現れるのが見えた。彼女は、それ用の台車へ清掃用具を片付けると、その台車を押して、アタシの方へ近付いて来た。アタシは、咄嗟にデニムのポケットへさり気なく両手を出し入れするを繰り返し、徐々に慌てた素振りを付け加えていった。
狙いどおりだった。アタシの傍らで台車を停めたメイドが、こう申し出たのだ。
「お客様、キーをお忘れですか?」
「そうみたい……多分、部屋の中ァ」
こんな遣り取りのあと、メイドはあっさりマスターキーで部屋のカギを開けてくれた。
このホテル、グーグルマップで誉めておこう、後でね……、けど、先ずはオシッコ! ずっと我慢で、もう限界! クソっ、アイツ、あのJKどこよ?
背後でドアの閉まる音を聞きながら、アタシは室内を見渡した。JKも、他の誰も見当たらなかったし、ダブルベッドもまた手付かずのようだった。
アタシは、そこで何かに気付くべきだったのかもしれないけれど、だから、ほら、オシッコしたかったし、ドアから程近いところにあるそこへ向かってしまったのだ……。
灯りのスイッチを点け、ノブを回して、開いたドアから中へと入るや否や、ムカつくほど新鮮な、それもとびきり濃厚なその異臭の只中へ突入してしまったアタシは、見てはいけないものをつい見てしまうあの感じで、つい左手のユニットバスへ顔を向けてしまった――
死体だった。湯の無い浴槽に浸かった、スキンヘッドの男が全裸で死んでいたのだ。ギュッと閉じたように見える唇の間から、力無いにもかかわらず、なんだか刺身のようにも見える妙に長い舌が垂れ下がり、スキンヘッドの頭頂部は女陰のように裂け、そこからはチョロチョロと赤い血が湧いては滴り、それが顔面から唇へと轍をつくり、垂れ下がる舌を吸血鬼の様に赤く染めながら、ポタポタ上半身へと垂れ続け、勢い陰部へと垂れていくその途中、臍のど真ん中辺りにはナイフが突き立てられていて、にもかかわらず死体のアソコはスカイツリーの如くおっ勃っているは、ヌラヌラ濡れそぼっているはで……。
「ぅおえぇーッ!!」
アタシは、ベタなノイズを奏でながら、込み上げる嘔吐に追いたてられ、慌ててトイレのフタを蹴りあげると、飛び込み選手みたいに首から便器へと飛び込み、吐いて吐いて吐きまくった。
どれだけそうしていただろう……。それでも、得体の知れぬ液体が喉奥から止めどなく込み上げてきていた。アタシは、首を項垂れたまま、身動ぎもせずへたり込んでいたのだが、ふと失禁しかけたことに気付き、同じ姿勢のまま慌ててデニムにショーツをずり下げると、股間を便器に擦り付けるように這い上がり、便器のフタを抱き締める呈で一気呵成に放尿した。その間にも容赦なく鼻腔に異臭が入り込み、またも吐き気が襲いかかった。勢い、息を止めると、必死に吐き気を押し止め、オシッコが切れるや否や、水も流さずに、フタを閉じただけで浴室を転がり出て、爪先でそのドアを乱暴に蹴り閉めた。腰が抜けたまま、両手で口を塞いで、どうにか吐き気を遣り過ごそうとしていた。
そのうちどうにかそれが治まり出した頃、浴室の向かいの壁に背を委ねたアタシは、無を目指して両眼を瞑った。その途端、目蓋の裏が真っ赤に染まり、反射的に腹の底から何かが逆流しそうになったので、目蓋を開いて、それを遠ざけた。入れ代わり、アタシの視線には間近にある浴室ドアが飛び込んだ。その向こう側には……。
「アァーッ、クソったれ!」
アタシは、後頭部を壁へグリグリ押し付けながら、いつの間にか低い唸りを上げ続けていた。と、その事に気付いた時には、どれだけそうしていても、なにも変わらないという事実にも気付かされ、ハッと唸り止むと、グイッと顎を引いて、もう一度ドアを見据え、それを睨め付けてやった……。
そうよ、ハメられたんだ! あの、JKに……。マジに、クソったれー!
壁にズルズル背を這わせながら、立ち上がったアタシは、リーバイスのポケットからスマホを取り出すと、グレイゾーン関連の地場商社の社長にして旧知の腐れ縁たる吉川へ助けを求めることにした。仮にデカい借りを負ったとしても、四の五の言ってる場合じゃなかったし、その腹積もりも含めて、いや、それこそを強調して、アタシの置かれた状況を一気に説明した。
続く