セックス、トラック&ロックンロール・あの娘にこんがらがって…8
アタシは、飛んでいた。360度青い青い空の中を……。どちらが上で、どちらが下かも判然としない青のトンネルを飛んでいた。
進んでいるのか、後退しているのか、それすらハッキリせず、いつまでもどこまでも青、青、青……、気分がイイどころか、どーにかなってしまいそうな境地へと達して、もうかなり経ったはずだ……。もがいても、足掻いても、何も変化はなく、青一色なのだ。
そんななか、うっすらと音楽が聴こえていて、ただその事だけが、アタシを正気の側に踏みとどまらせていた……。
が、突然視界が真っ黒に染まった。前後左右、上下に渡って真っ黒、いや、暗黒で、全裸のアタシだけが色味を放っているなか、見ればアタシの指先が見えなくなっていて、それが徐々に浸食を始めて、今やもう二の腕までもが見えなくなって、ううん、違うよ、染まっているのだよ、暗黒に!
アタシは、必死に耳を凝らして何処からか聴こえていた音楽を探した。それに縋るために! そうする間にも今やアタシの裸体は物質じみた暗黒に同化しつつあって、だから、無に近付きつつあり、恐怖のみがアタシの生の証しとなっていて――
「ギャーッ!!」
アタシは、目覚めた。ベッドから転落したのだ。しばらくそのまま床に仰向けていたアタシの瞳には嘗て知った天井が、そしてじきにその耳には聞き覚えのあるストーンズの調べが届き始めていた。
アタシは、その場で起き上がった。ベッドには、誰も居なかった。スマホで時間を確かめた。午前二時前だった。
と、階段がミシミシそしてギシギシ激しく軋む音が聞こえてきた。足の運びに重みを感じさせるそれを……。
ほらな、じっとしていちゃヤバいんだ!
アタシは、その場で腰を上げた。
ショーツはどこ行った!?
その間にも階段が軋む音は高まってきた。心臓が口から飛び出そうだ。デニムを爪先で掬い上げたものの、そんな暇はないと判断したアタシは、それをベッドへ放り投げた。そう、意を決した、多分、その瞬間に!
開きっ放しのドアへと急ぎ、微風をアソコに感じつつ、かなぐり捨てた躊躇を踏みにじって、立ち止まることなく廊下へ飛び出たアタシは、今まさに、あと数段で階段を登りきろうとしている、ダークな背広にブーツを履いた中年の男の姿を認めた。
アタシたちは、お互いにハッとして、立ち止まった。アタシのアソコが、中年の視線を誘って、じき男の熱視線がアソコを射抜いた。熱かった……。それは、多分恥ずかしさ、悔しさ、怒りやらがない交ぜになってのことのはずだった――
サキ、しっかりしろ!
と、男のぎらついた視線が下半身から性急にパンアップして、アタシの視線をロックオンするや、次の一手へと移り掛けた。
ヤバい、ヤバ過ぎる、いろんな意味でッ!
アタシは、決断するより早く、行動していた。跳んだ、のだ――
スカイ・ハイ、伏線だったのか。アタシは、ミル・マスカラスだ!
そう自らに言い聞かせながら、中年を巻き添えに、階段を滑落していった。あっちこっちをぶつけ、叩き付けられながら、その度に痛みをおぼえ、呻き、唸りつつ、アタシのアソコが、男の波打つ腹の感触を浴び続けているのを、どこか他人事の様に感じていた。男は初めこそくぐもった唸りを発したが、その後はウンともスンとも口にしなかった。アタシは、聞き覚えのあったストーンズの楽曲が、‛黒く塗れ!‚だったのに今更ながら気付いたのだが、もうその時にはリモコンで電源を切られたTVみたいに、スッと視界が黒みに収斂していき、意識だけがただうっすらと存命してはいた――
「あ、もしもし、アタシ……あれ、待ってたんじゃないの、連絡?」
確かにJKの声だった。アタシは、嗚呼、無事だったのかって、閉じた瞼の裏辺りでホッとしていたら……。
「ねー、観た? アタシのスマホって百人ぐらいアドレス入ってんだけど、その全員に一斉で送信するよ、その動画……」
スマホ……失くしたんじゃ……動画ッ?
「黙っちゃったの……ねー、どーすんの、川崎さん?」
アタシは、なんだか気分が悪くなってきた……。
「川崎さん、あの変態と結婚したいんでしょ? 今度の件を手土産にしたら、って考えたよね? 残念だったね、動画回収出来たと思ってたんでしょうけど、今時、バックアップ残しておくのが当然じゃん、キャハハ」
アタシは、何か口から発したかった、いや、叫んでしまいたかったのに、どーしても声を産み出せずに、悲痛で情けない唸りを、ただ発していた。
「え、サキ? アタシの足元で気絶して転がってるよ。色々あって、サキの隣では男が死んでるし……そう、足で突付いても反応無いから、死んでんじゃないかな……ま、サキが犯人っていうより、二人して階段から転げ落ちたんだけどね……こっちは分け前が増えてラッキーだけどさ。という訳でね、欲しいんだよね、お金……三千万、頂戴な。多いか、少ないか、足りるか足りないかは分からないけど、なんかそう決めたから、そうする……だからさ、パパに頼めばイイじゃん。変態のエロいフィアンセの偉いパパにさ……ウンって言いなよ! あのさ、選挙勝てそうなんでしょ? ねー、それにさ、今度こそ手土産も付くんだし。ところでさ、ここで死んでる男って殺人犯なんだよね……ビンゴ! 流石! そう、馬場のホテルのやつね。知ってたんだ……えッ、さっきまでばれてなかったんだ!? そーだ、ついでにサキちゃんもアナタに任せるよ……まさか、殺したりしないよね? アタシとより付き合い長いんでしょ? 先輩には悪いけど、好きにしなよ……知らないわ。 考えるのはそっちの仕事でしょ。川崎さん、うまくやれば権力だって思いのまんまじゃん? なんだってやれんじゃん……うるさい! アタシ、これに賭けてんだからッ! じゃ、どーする? 川崎さんが、万事まとめてくれたら、このスマホごと渡すよ。ギミック無しを約束しまーす。じゃ、こうしてよ。アタシの口座メールするからさ、そこへ三千万振り込んでくれたら、改めて連絡するから……ダメダメ! アタシは、もうこの店から消えちゃうから……この店? 好きにしなよ。えッ!? 先輩、殺しちゃうって意味? もし、そういう意味なら、アタシは残念だけど……じゃ、1時間以内に返事頂戴――」
少しして、アタシが横たわっているらしい所からそう遠くないトイレで、おそらくJKがしているらしいオシッコの音がジャージャー漏れ響いてきた。それは、妙に長かった。まるでセックスしたあとのそれみたいに。もっとも、JKにとっては同じ様なモノだったのかもしれない……。そんな考えに意識を乗っ取られている内に、派手に下ろされたシャッターの音で、アタシは、ボンヤリながらもフッと我に返った。
アイツ、トイレの水を流さなかったみたいね……。
アタシは、泣いていた……。涙も出さず、声も上げずに、それでも確かに泣いていた。心とか、魂とか、俗にそう呼ばれている、あるのかないのかハッキリしない場所が、ううん、どーやらあるらしいよ、確かにその辺りがむせび泣いているのが、何故だか分かるんだから。意識と無意識の狭間に在るアタシには、その存在こそが生の証しだった……。
切なすぎるって、なんだかさ……。
ストーンズが流れていた……。ベスト盤……、CD……、ディスク1……、リピート再生……、‛無情の世界‚……。
アタシは、結局名前を訊けなかったな、って思いながら、その意識は暗黒に染まっていった――
続く
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