セックス、トラック&ロックンロール・混血の美学 …8
律儀にアルファベット順のAから物色を始めたアタシは、じきにCのセクションのとあるコーナーで、そのアルバムを選ぶと、それを手にカウンターへ戻り、抜き出した盤をプレーヤーへ載せた。
『チープ・トリック/ドリーム・ポリス』
心に余裕がないのか、一曲目の頭ギリギリへと針を落とした――
と、のっけから絶好調で、イケイケで、ノリノリで痛快で、それでいて胸がキュンとするこのタイトル曲‛ドリーム・ポリス‚を肴に、インスタント麺ばりのスピードで出来上がったアタシは、レターパックを開封すると、その中からプチプチに包まれたブツを取り出した。ロジャー・マッギン・タイプのサングラス。3000円なり。例の古着屋からは、早くも二度目の購入だった。前回は、ペイズリーの長袖シャツ。まだ、一度も着たことはなかったけれど、欲しい時が買い時だから良いのだ。アタシは、カウンター下からスタンド・ミラーを取り出し、それを立てると早速グラサンを掛けてみた。やや、タイトめな掛け心地は嫌いじゃない。ミラーに映ったあたし……。
「いいじゃん!」
気が付けば、‛ドリーム・ポリス‚は耳をスルーしっ放しになっている……。アタシは、再度商品棚へすっ飛んで、BのセクションからLPを抜き出すと、踵を返した。今やアタシの気分は60年代。最初はロジャー・マッギンに因んでザ・バーズにしようと思ったんだけれど、もっとストレートにいこうと思い直し、『ザ・ビートルズ/リボルバー』を選んでいた。手早く、盤を取り替え、針を落とした。カウントが始まって、グルーヴィーなベース・リフに乗せられて行くアタシ……。
‛タックスマン‚
アタシは、ふと思い立ち、奥の部屋へ向かうと、買ったきりだったペイズリー・シャツを手に店へと戻った。で、Tシャツを脱いで、ブラの上にシャツを羽織ると、キチンとボタンを止めていった。再び、ミラーに映ったアタシ……。
「イェーイ!!」
思わず、『さらば友よ』のラストしちまった! 横揺れで軽く腰を揺すりながら、ミラーの中のアタシを見入ってしまう……。
ごめんよ、いずみ、アタシは今、フィーリン・グルーヴィーなんだ――
プツッ、プツッ……。ポール・マッカートニーのラーガなギターソロの途中で針飛びとは! LPの値札を検めると、なんとランクAだった。もっとも、プレーヤーとの相性もあるし、あとでお客用の試聴機でプレイしてみよう。
そう決めたアタシは、プレーヤーの端を指先でトントン叩いて、針を進めたものの、素敵な気分は水を差されて、日常へと引き戻されてしまった……。
アタシは、グラサン、ペイズリーのまんまで、カウンターに放置されたままだったプリテンダーズ、ピート・タウンゼントのLPにチープ・トリックのLPを合わせて、棚へ戻すことにした。Cのセクションへ、チープ・トリックを戻し、Pのセクションへプリテンダーズを戻し、Wのセクションへ進むと、ザ・フーのコーナーに続くソロのコーナーへピート・タウンゼントを戻した。
まるで、いずみを見舞いに出掛ける前の行動を、巻き戻ししているみたいに感じたその時――
パッとフラッシュバックしたとあるイメージに、一瞬その場に佇んだアタシは、帰宅の際、シャッターを降ろそうとした時に、何を忘れていたのかをフッと思い出したのだ。 で、アタシは、それを確かめに出入口へと急いだ。そして、開きっ放しの引き戸を抜けて、シャッターを半分程上げたアタシは、それを潜って外へ出ると、シャッターを向いて、グラサンを額までずらした。
「ビンゴ!」
ほらね、臨時休業の札が見当たらなかった。気が付いたら、実に呆気ないことだった。が、同時にさっき吉田と交わした会話のある部分を思い出してもいた。襲われる前にいずみの歯ブラシが無くなっていたというアレだ。だけど、そこまで思い返したアタシは、勢い苦笑せざるを得なかった。未だ、一連のあれやこれやがアタシに影を落としているのだろうか……。
と、アタシは、店の脇に設えられたトラックの駐車スペースの方向へ顔を向けた。視界の隅に、それを認めた気がしたからだった。
ほらね、そこにはまさに臨時休業の札が落ちていた。大方、夕立の時に風でも吹いて、飛ばされたんだろう……。
そんな風に判明してしまうと、一瞬でも自分がネガティブな思考に陥ってしまったのが、スゲー情けなくて、改めて苦笑しながらも札を拾いに向かった。
ネガティブ・スパイラル。凶。拾ったら、さっさと戻って、そう、人間椅子で厄払いしなきゃ、だ。
アタシは、札を前に立ち止まると、屈んでそれを拾い掛けた、その時――
バチバチッという火花が首筋を掠めた。トラックと店舗の隙間から狙い撃ちされたのだ。アタシは、それをすんでで避けた。いや、避けれていたのか、ハッキリしないけれど、意識はとんでいなかったから直撃は避けれたんだと思う。もっとも、もんどりうって倒れ、軽く後頭部を打ってしまったが……。
と、男が見えた。アタシを見下すそいつは、サングラス、マスク、背広姿で、リュックを背負っているのかどうかは分からなかったが、仮にコイツがヤツだとすれば、アタシがヤツの妄想的前戯に加担してしまった可能性は否めなかった。そう、さっき尿入り容器を店内へ持ち込んだ段階でそれを完了させたんだ……。それに、そもそもあの容器自体きっとアタシがバーキンで飲んだアイス・コーヒーの容器だったはずだ……。アタシがトイレに立った隙に、トレイを片付けたのがコイツなんだ。それだからこそ、あの女性店員の曖昧な表情だったという訳。
が、今はそれどころじゃなかった。男が闇雲に何かを振り下ろしてきたからだ。アタシは、反射的に右腕を振り回した。
「痛ァー!」
やられた。暴れた。が、思うようには力が振り絞れなかった。やっぱり、スタンガンが効いているのか? けれど、アタシは、じっとしてはいなかった。だって、じっとしていちゃいけないからだ! ザ・座右の銘。
「てめえ! クソ野郎! チンカス! インポ!」
暴れに暴れた、こうした暴言のボーナス・トラック付きで。
パキンッ!
腕を振り回す最中、そんな音が聞こえた気がした。それにも構わず、そのまま振り回した右腕が男の顔面へチョップの呈で炸裂したものの、なんとも妙な手応えだった。
「んぐんんんー!」
男の唸りはマジで妙だったが、ジリジリとその顔は後退していった。それに釣られたように、アタシの右手も引っ張られていき、もうすぐ右腕は真っ直ぐに付け根から伸びきりそうになっていた。
「しつけーんだよッ!」
左手で右手首をなんとか掴むと、思いっきり右腕を自分の方へ引っこ抜いた。勢い余って地面へ右手は叩き付けられ、おまけに二三度バウンドまでした。末期の獣みたいに唸る男が、横だわったままのアタシへよろめくと、スローモーションで伸し掛かってきた。 まるで、地球人へ憑依するウルトラ兄弟みたいだと思ったのが、最後の記憶で、以降は暗転、ジム・ジャームッシュをうっすら意識しながら気を失った……。
続く