セックス、トラック&ロックンロール・混血の美学…7
汗だくで、不快指数マックスなアタシが帰宅するや目にしたものは、またバーガーキングだった。 シャッター前に飲み物の容器が捨て置かれていたのだ。それも、でかいサイズが。
負けじとでかい溜め息で対抗したアタシは、その容器へ近寄ると、ストローがささったままのそれを屈んで拾い上げた。と、容器の中身がチャポンって波打つのが分かった。 覗いてみると、予想以上に中身が入っている。やや黄色っぽいそれはビタミン系のドリンクみたいだ。
「飲まねーなら、買うなって……」
そう毒づいたアタシ。しかし、この辺のバーキンだと、飯田橋か高田馬場のはずだけど、どこかに新店舗でも出来たのだろうか?
シャッターを上げると、足下にレターパックが転がっていたので、ユニオンの袋を上下の唇で挟んでから、空いた手でそれも拾い上げた。発送元は、例の古着屋さんだった。アタシのテンション、ちょっと上がる! で、レターパックを小脇に抱えたアタシは、シャッターを降ろそうとして、ふとその手を止めた。自分でも何故だか分からなかったが、何かを忘れているような感覚……。
が、どうやら気のせいらしいということにして、勢い良くシャッターを下ろすと、店内中程のカウンターへ向かい、レターパックとユニオンの袋をそこへ置いて、住居エリアのトイレへと進んだ。アタシは、灯りを点けると、いつものように歯ぎしりみたいに軋むドアを開いて、トイレへ入った。便器前でバーキンの容器からフタを外したアタシは、中身を便器内へと流しかけて、思わずハッとした。アタシは、息を止め、容器へそっと鼻を寄せ、小さくそれを嗅いだ。
「――!?」
間違いなかった、中身は尿だ。
「凶も凶、まごうことなき最凶だっつーの」
しかし、今の今まで気にも留めなかったけれど、こうなると話は別で、こうなると店に対する嫌がらせの可能性すら捨てきれなくなる……。
身に覚えはないようで、あるようで、まー、生きている限り、こればかりはどうにもしようがないしだし、うーん、どうするかなァ。取り敢えず……、うん、今晩は捨て置く……。よし、そうしよう! はい、終わり!
で、そうした。アタシは、便器内へ中身を捨てきると、空容器にフタを戻してから、トイレ内の隅へ置き、今度は自分のデニムとショーツを下ろして、便器へ向いて立ちションを決めた。綺麗に弧を描いた聖水だ。そう言えば、男のそれは聖水って呼ばないよなー、何故か。なんだか、得した気分じゃないか、女に産まれて良かった!
と、心労から来るためか、アタシの聖水の色が濃かったこともあって、先に流した尿の色がみるみる染まっていった……。
「勝った、ざまーみろ!」
溜飲が下がった所で水を流したアタシは、着衣を戻し、空き容器を取り上げると、トイレから流しへ向かった。途中で店からスマホの着信音が聞こえてきたが、当面無視を決め込んで流しへ急いだ。
流しでは、ストックしてあるコンビニのレジ袋を一枚手に取り、その中へ尿の入っていた容器を突っ込むと、その口を固く縛ってからダストボックスへ捨て、着信が続く店へ戻った。しつこくのたくっていたスマホを取り上げて、スマホを耳へ当てると、途端に吉田の声が響き渡った。
「なんだ、居たのか?」
「なによ、長々鳴らしといてさ! 悪かったわねーッ」
「なんだ、生理か?」
「貴様ら、野郎っつーのは……。んで?」
「いやな、いずみさんがさ、一つ思い出したんだよ」
「なにィ?」
「いや、事件の一週間ぐらい前にな、歯ブラシが無くなって、そのあとまた戻ってきたらしいんだよ」
「歯ブラシ……」
「そう。大学の学食でメシ食って、コーヒーを買いに一旦席を立った。で、元の席へ戻ったら、いつも持参していた携帯用歯ブラシのケースからブラシだけが消えていたらしいんだな。ま、気付いたのは、その直後、研究室の流しで歯を磨こうとした時らしいが。勿論、入れ忘れたってことも考えられなくはないんだが、その二日後に同様の流れで今度も流しで歯を磨こうとしたらだな、ケースにブラシが二本入っていたんだと。どう、思う、アンタ?」
「歯ブラシは買い足したうえで、戻ってた?」
「ああ。もっとも、そもそもが――」
「いずみの勘違いってことも?」
「そう。ま、俺はそうは思わない」
「いずみなら、しかねなくもない気がするけれど……え? じゃ、吉田さんは、なんだって思ってる訳?」
「犯人がだな、いずみさんのブラシをさ、一旦パクっといて戻したんじゃないのかね?」
「だったら、いずみの前の三人の被害者は?」
「だからさ、他の三人も気付かぬ内に犯人に何かをされている可能性あるし、またはだな、犯行を重ねる度に大胆になっているというか、そろそろ制御不能なところまできちゃってる、ま、そんな可能性だな……と、まー、どーかね、俺の推理?」
アタシの脳裏には吉田の推理を拝聴している間中、カレーを掻き混ぜるイメージが浮かんでいた。
「どーって……、いいんじゃない」
「……男のヤル気を削ぐんじゃねーよ」
「ね? いずみの歯ブラシでさ、そいつきっと自分の歯を磨いたんじゃないのかな。で、なんつーの、混じりあったって感じィ? なんか、そういうところに快楽を覚える……そんな、ヤツなんじゃないかな。で、戻したってのは、自分のが混じったブラシを、あわよくばいずみが使って、もっと混じりあったら最高っていうかさ……そんな風に感じるんだよね」
「つまり、なんだな、前戯のつもりなんじゃねーか? で、自分の血と女の血が混じって、いや、正しくは自分の血を女の体内へ注入するってのがこいつのクライマックスで、エクスタシーって訳でさ」
アタシのなかで何かが形になりそうで、寸前で果たせない……そんな、もどかしさが芽生えつつあった。
「もしもし!? おい、聞いてんのか?」
「ん……。あ、ね、学食って防犯ビデオあんじゃね?」
「ある。ただ、警備会社、大学側の許可がまだなんだよ。遅くても、明後日までにはなんとかなりそうなんだが」
「そう、なら良いじゃん。それで白黒付きゃ、足が棒になりそうもないじゃん」
「まったくだ。ま、予想通りにあの写真の男だといいんだがな。じゃ、ま、そういうことだ。遅くに悪かったな。じゃ――」
スマホを切ってカウンターへ戻したアタシは、その場に佇んだまま体内に芽生えたもどかしさを解消しようと試みた。
何かに気付いているのか、あるいは気付いていないのか。いずれにしても、何かを見逃してしまっている……何かって何だ!? ねー、ちょっと、くそったれー!! あー、ダメだ、ダメダメ、現実逃避!
取り敢えず、そう決めたアタシは、購入したCDを取り出し掛けたものの、初物はキチンと聴き込むべきだと思い直し、勝手知ったる音源にこの身を委ねようと、店のレコード棚を物色することにした。
続く