セックス、トラック&ロックンロール・混血の美学…4
丁度半月前、ここのファミレスでいずみと飲み食いしたのを思い出しながら、駐車場に停まるベンツをぼんやり眺めていた……。
「サキ、そう言ってたよね?」
「へ?」
「だからさ、刑事が言ってたでしょ? 連続犯かもしれないって」
「あー、確かに。新宿は初めてらしいけど、だとしたら4件目」
「そうそう。恐らく、スタンガンかなんかで卒倒させておいて……」
「させておいて、なんだよ?」
リョウ兄さんが、食らい付いた。
「だから、4件とも共通してんだって……」
姉さんは、焦らす。
「なにが共通してんだよ」
「赤いポッチがさ」
「姉さん、アタシから刑事へそれ言ったらさ、睨まれて、口止めされたよ」
「アタシの方もそうだった。それで、黙っててあげるけどさー、とかなんとか駆け引きして、連中から聞きだしたんだけど、4人とも射たれてたんだって……」
「シャブ、か?」
吉川が食らい付いた。
「堅気の社長さんとも思えないレス。いやんなっちゃうなァ」
「まー、そう言うなよ。ほら、ルミ、言いなよ」
「……血ィ」
「血ィ? ドラキュラか、おいおい」
そう言って呆れた様子の吉川へ、リョウ兄さんが乗っかった。
「事件記者コルチャック、だなァ、まるで」
「残念ながら、これは現実だし、赤いポッチも1ヶ所なわけ」
そう返した姉さんへ、リョウ兄さんが性懲りもなく……。
「そりゃ、ジジイの吸血鬼で、牙が1本しかないんだよ」
「それまた残念ながら、吸われたんじゃないの……」
「と言うと、何か? いや、まさかな……」
「吉川さん……そうなの、射たれたのよ、血ィ」
一同、一斉に押し黙ってしまった。そこへ、年増のウェイトレスがアタシのカレーを運んできた。アタシは、カレーをライスに垂らしながら、こんな早朝にウェイトレスをするオバサンの履歴に思いを馳せた。
「でもさ、気持ち悪い話だよ、やられた方の身になってみたら」
姉さんは、つくづくそう言った。
「そうだな。でもさ、アイドルの血とか、射たれたい奴ら居るんじゃないか……リョウさん、どう思う?」
「……ないとは、言い切れないですよ、それ。案外、いけんじゃない、今の世なら。ええ」
「ったく、野郎っていうのは!」
そう吐き捨てて席を立ったルミ姉さんは、奥の化粧室へと向かった。
「ジョークなんだけどな……」
「社長、ダメですよ、ルミあれなんだから……」
「バーカ……」
アタシは、カレーとライスをぐちゃぐちゃに混ぜ始めた。アタシも含めて、皆がそれを見守っていた……。
「……しかし、何が狙いなんだ」
アタシは、混ぜるのを止め、ボソッと口にした吉川へと顔を向けた。
「そーなんだよね。別に、汚れた血ィってわけでもなくて、ただのO型なんだってさ。ようするに、たいていの人には輸血出来る血な訳だし、どうにも狙いが分かんないって、マッポも首を捻ってたわ」
と、そこへ、再び現れた年増のウェイトレスが二品を運んできた。汁無し担々麺を注文したのは兄さんと姉さんだった。兄さんは、早速ぐちゃぐちゃ混ぜ始めた。一同、またも押し黙って、それを見守っていた……。アタシは、それを見ている内にフッと思い付いたことを口にした。
「……混血」
「……なんで?」
兄さんが、混ぜるのを止めてこう呟いた。
三人揃って、顔を見合わせたままで押し黙った。
「何よ、 にらめっこ?」
そう言って、戻って来た姉さんが席へ座った。
「あのさ、ルミ」
「なに、リョウ」
「どう思う、ルミ?」
「だからさ、何が? 焦らさないでよ」
姉さんは、そう言うと、自分の担々麺を混ぜ始め、すぐこう付け足した。
「焦らすのは、あの時だけにして欲しいわ……フフ」
アタシも、吉川も、兄さんも、皆が押し黙ったまま、姉さんが混ぜるのを眺めていた。姉さんは、尚も混ぜながら吉川へ訊いた。
「ところで、吉川さんの遅いけど、何を頼んだんだっけ?」
「……麦とろ飯」
姉さん以外の一同は、またも顔を見合わせていた……。
それから数日間、探偵映画の特集上映の準備に掛かりっきりのリョウ兄さんから、フィルム・モアの通常上映用に試しにいくつかの二本立て案を考えるように頼まれたアタシは、割りとシリアスにそれに挑んで、なんとかそれを完成させた。
すけばん刑事ダーティ・マリー/ダーティ・ハリー
暴力戦士/ウォリアーズ
生きている画像/まあだだよ
早速メールにして、リョウ兄さんへ送信した。と、すぐにリターンが着信したと思いきや、意外にもそれはいずみからのものだった。まだ、入院しているので退院するまでに顔を出すようにと記されていたが、それはなんと追伸扱いで、本文にはいつになったらテープの視聴は可能なのか、とあった……。
案外というか、やっぱりと言うべきか、元気そうでホッとした。実際、行くべきか行かぬべきか、この数日間はそれが問題だったから、アタシには……。もっとも、正直なところテープの件を失念していたアタシだったから、読み終えるやいなや、レコード棚へ向かって、プリテンダーズの『愛しのキッズ』と、最近入荷出来たピート・タウンゼントの『ホワイト・シティ』の二枚を抜き出すと、その音源をカセットテープへと落とし、さっさと降ろしたシャッターへ、臨時休業の札を提げ、病院へと向かった。この分だと、いつもと変わらぬいずみとの遣り取りが期待出来そうだと思いながら……。
地下鉄で向かった2駅先の病院で、アタシを待ち受けていたのは二つ。先ず、リョウ兄さんから届いたメールが、アタシを意気消沈させた件。曰く、‛上二つは安易な組み合わせだし、最後のは地味過ぎる。もう少し、時間をやるから‚というものだった。まー、上二つの安易さは甘んじて受け入れるけど、最後のはちょっと自信があったんだよな……。だって、なんであの二本はあんなに似通った場面があるのか、それをもっと多くの人に共有してもらいたかったから……。
二つめは、教えられたいずみの個室へ到着したものの、出迎えたのはいずみじゃなくて、音を鳴らしたラジカセだけだった件。 で、その音には心当たりがなく、勿論アタシが録ってあげたテープでもなかったし、そもそもアタシはジャズを知らなかった。アタシは、空っぽのカセットケースを取り上げると、ボールペンでざっくりした筆跡で記されたタイトルとアーティスト名を確認してみた。
『ジョン・コルトレーン/至上の愛』
いずみは、アタシにジャズの話を持ち出したことはなかったから、ちょっと意外だったし、彼女のことをちょっと単純化していたような気にもなって、なんだか妙な心持ちだった。
アタシは、カセットケースを戻すと、ラジカセを切ってから個室を出た。すると、丁度そこへやって来た看護士へ、いずみの行方をダメ元で訊ねてみたら、この時間なら多分屋上じゃないだろうかという返事だった。確かにいずみのメールへ返信をしたわけではなかったので文句を言える筋合いではなかったが、少々ムッとしたのもまた事実だった。当然ながら、アタシもまた人間って訳だ……。
で、アタシは、看護士が教えてくれた階段へ向かうと、薄暗いそこを、今やニュートラルな気持ちを抱えて昇り始めた……。
続く
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