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セックス、トラック&ロックンロール・混血の美学…1

    また、店のカウンター裏で目覚めてしまった。時計を見ると、午前11時過ぎだった。ザー、ザーとノイズを立てているポータブルのプレーヤーのアームを戻して停止させた。その傍らには、呑み空けたワインの小瓶が転がっている。
    「……なによ、これ」
    記憶にないそれを眺めながら、昨晩呑み過ぎたのを思い出していく……。

    相手は数少ない友人のいずみで、場所は飯田橋のファミレス。 いずみは底無しに呑む女なので、こちらもつい呑み過ぎてしまう。
彼女は早稲田で、助手とかをやっていて、昨年の春からは亜細亜大学で一般教養のコマとかを持っていたが、助手の仕事も継続していた。そういえば、何を教えているのだろうか?
    彼女の住居は、吉川ビルからも程近いワンルームマンションで、アタシと同じ新宿区民、趣味も文学、ロック、映画とその守備範囲は被り、アタシが任されているセコハン屋‛ロスト&ファウンド‚の常連として知り合い、意気投合して今日へと至っていた。
    昨日も夕方近くにフラッと店へ顔を出したいずみが、何を買うでもなく店へ居続けた果てに、アタシを食事に誘い、結局薬局、日付変更直前まで大いに語り、食べ、呑んだって次第だった。
    予想はしていたが、いずみは食事中、いつもの様に視聴という名目でテープへのダビングを希望するLPのリストをアタシへと差し出してきた。居続けの時に、それを確認していた訳だ。

    ったく、何が視聴だよー。買った試しなんか、最近ありゃしない!

    で、そのリストを仏頂面でざっと眺めながら、こうレスった。
    「さっき気付いたと思うけど、在庫あんの一枚だけよ」
    反応の無いいずみへ顔を向けると、呆れたことにスマホの画面を夢中でスワイプし続けていた。
    「なによ、アンター。オイ、いずみー!」
    「ハァ? あぁ、ソーリー。いやさー、ねぇ、これ良くない?」
    そう言ったいずみが、スマホをアタシへ差し出した。アタシは、受け取ったそれを見下ろし、こう返した。
    「なるへそ。カッコイーじゃん」
    スマホの画面は、とある通販専門の古着屋のサイトだった。
    「わりと、ロックっぽい服が多いんだよね。どーせ、知んねーんだろ?」
    アタシは、いずみの挑発には乗らず、彼女同様に、そのサイトに夢中になった。で、勢い二人してロックなファッションについて語り合うこととなり、間もなくアタシも自らのスマホへそのサイトを呼び出し、ブックマークした。その後、お互いやいのやいの盛り上がった果てに、サイトで見付けた青の皮ジャンに一目惚れしたアタシが、それを購入しようという頃には、もうすっかり酔いが回っている始末だった。
    「ったく、なんだよー! ちょっと、ちょっと!」
    「サキ、何やってんの? 貸してみィ」
    いずみは、アタシからスマホを引ったくると、その画面を見た。
    「カッケーっしょ? 買いたいのにさ、その先へ進めないしィ!」
    「あら、カッケー。って、サキちゃんさ、先ずは店のフォームへ登録を済ませないと、買えないんですのよ……、サキ様にはムズいですわね、オホホホホー」
    「くゥー、学歴、鼻にかけやがってー!」
    と、スマホを引ったくって取り戻したものの、足下へ落下させてしまった。
    「キャハハ……、サキ、酔ってるわよ!」
    「キャハハ……、じゃねーよ! この底無しィ……チェッ!」
    そんなこんなで、程無くして、ウチラは店を出ると、神楽坂のメインストリートをだらだら登って、各自の帰路へと別れたのだった……。

    アタシは、転がったワインボトルを立て直すと、アームを摘まんで回り始めたLPのトップへ針を下ろしてみた。
    ツゥ……ザー、ザー……
    流れ出したのは、‛プレシャス‚だった。アタシは、昨晩帰宅後、プリテンダーズのファースト『愛しのキッズ』をレコード棚から抜き出して、プレーヤーに載せていたらしかった。我ながら、大したもんだと自画自賛。というのも、いずみのダビング希望リストに載っていたアルバムだったから。

    いやはや、友人思いなんだよな、アタシって……。さー、そろそろクリッシー・ハインドが毒吐くよ!

    Fuck Off!

    ほーら、きたー! 痛快、痛快、また痛快、イキが良くって、キレが良いバンド・サウンドに乗った、クリッシーの挑発!

    ジャケットを眺めながら、クリッシー節を浴びるアタシは、それなりの幸せを噛み締めていたのだが……。
    「……!」
    不意に青の皮ジャンのことを思い出した。というのも、ファースト・アルバムのジャケットで、クリッシーが赤い皮ジャンを着ていたのだ。

    そう、昔、このジャケットを見て、クリッシーの皮ジャンの着こなしに憧れていたんだっけ……。

    それが、昨晩、あのファミレスで、形もデザインも違うけれど、アタシをして一瞬で青の皮ジャンに虜にさせられた原因かもしれなかった。そこで、さっそくスマホを取り上げたアタシは、ブラウザからブックマークへ進んで古着屋のサイトを呼び出すと、入力フォームへと急いだ。住所、メアド、好みのブランド、サイズ感、加えてクレカ情報を入力したアタシは、やっとこさ登録を完了させた。

    いずみ、この程度の作業に学歴は無用、昼飯前だよッ!

    勝ち誇った気分で、昨晩の青い皮ジャンへ行き着いたアタシを待ち受けていたのは……、Sold Outの報せだった。
    「シットで、ビッチで、まったくもって、ほとんどファック!」
    ったく、酒さえ呑まなきゃなー……。そう思いつつ、記憶にないワインボトルを睨んでみたが、じき視線を外し、溜め息を漏らした。
    「後悔、先に立たず、かァ……」
    とは言え、物欲は衰えるどころか、増すばかりだったから、そのまま古着屋のサイトに居残り続け、昼過ぎには物欲の赴くままに、見事無駄遣いと相成った……。
    満足したアタシは、クリッシーが‛ストップ・ユア・ソビン‚を歌い終えるのを待って、腰を上げると、シャワーを浴びに奥へ向かった。昨晩から、着の身着のままだった汗臭い着衣を脱ぎながら、アタシはシャワーを浴びつつ、オシッコするのもいいかもなって考えていた。
                                                                    続く

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