セックス、トラック&ロックンロール・ヘヴィー・メタル・キッス…6
リョウ兄さんの話は、アタシの予想通りパッケージ業務のバイトの件だった。但し、配送先が千葉の奥地というのが難点だった。そこで、アタシは、発注元たる吉川へスマホで連絡して交渉してみることにした。今のアタシには、ちょっとした刺激がマストなのだけど、社会復帰したてのアタシに、千葉の奥地はちと遠い……。
「……今は千葉しかないんだよ、サキ」
「うん……、ちょっと考える」
「ボーナス払うよ。仕方ねぇーから」
「考えとく……」
そう言って取り敢えずその場はそこでお開きにした。
その晩、アタシは遅くまでリョウ兄さんに付き合わされた。それはルミ姉さんがローンの支払いに出掛けた晩の2人のルーティーンだったが、この日はラウンジでフィルム・モアの今後の上映プログラムについてアイデアを出すよう言われ、コーヒーにワインを混ぜたブツを肴に、あーでもない、こーでもない、という次第で、店に帰宅した時には、日付けがとっくに変わっていた。
思いのほか、コーヒー&ワインを飲み過ぎていたアタシは、風呂はおろかシャワーすらも諦め、すぐに寝ることにしたのだが、その前にカウンターのパソコンで店へのメールだけはチェックしておこうと考え、開いてみると、なかに一件、宅配買取の依頼があった。 店のサイトに、配送前の事前連絡メール必須の旨を記してあるからだ。なんでも、約300枚の依頼。アタシは、サイトに記載した注意点を踏まえたうえで、ご発送お願い致しますの旨を記入したものの、時間も時間なので送信予約をセットしておき、着の身着のままで丸椅子にへたり込むと、カウンターへ突っ伏して長い夜に終止符を打った……。
二日後、昼過ぎに出入りの宅配業者が台車を転がして荷物を運んできた。どうやら、例の宅配買取品がギッシリ詰まった段ボールの様だった。果たしてどんなレアなブツに出会えるのだろうか……。そう思いながら、カウンター脇の床に重そうに置いてもらった段ボールへ近付くと、デニムの尻ポケットでスマホが痙攣を始めた。取り出したそれを耳へ当てると、相手は吉川だった。
「そろそろ、ご返事いただけるかなと思いましてね、サキさん」
「仕方ねーな、吉川」
「おいおいッ」
「ウソですよ、吉川社長。けどさ、ちょっと忙しいんだよね」
アタシは、段ボールを見下ろしながら、そう言った。
「あー、大丈夫だよ、実はまだブツが届いてなくてさ、3日後ぐらいかな。どー?」
「仕方ねーな、吉川」
「ありがとう、サキさん」
「あれ、ちょっと待って。なんかさ、怪しくねぇ?」
「大丈夫だって、あくまでもブツはグレイ。けど、大事なお客様だからサキに任せたいんだ。それと、ほら、ボーナスつけるから」
と、サッシが開いて知った顔のいずみが入ってきた。
「サキ、暇でしょ? メシでも行かない」
「いいよッ」
と、いずみへレスったはずが、その機を逃さず吉川に付け込まれた。
「サンキュー! ボーナス、金、物、何か希望あれば言えよ。じゃあ」
「ちょ、ちょっと!」
「なーにー、サキ?」
「違う違う、こっちじゃ、ううん、そっちじゃないってば、いずみ!」
顔を向けたいずみが、アタシの耳へ当てたままのスマホに気付き、こうレスった。
「なんだ、電話中? 早く言いなよ。レコードでも見てるからさ」
「チェッ!」
切れたスマホへそう毒づいたアタシは、名残惜しげに段ボールを一瞥すると、いずみへこうレスった。
「じゃあ、ちょっと待っててよ。準備してくるからさ」
「いいじゃんよ、そのままで。メシ食らうぐらい」
「昨日から風呂もシャワーもやってないから、さ」
「いいから、いいから、ウチは気にしないから。腹減ってんのよ。どーせ、テーブル挟んで向かいに座んだし、関係ないじゃん」
いずみはアタシの数少ない友人で、早稲田で助手とかをやっている、アカデミックな女だった。ロック好きで、この店へ通ううちに、口を利くようになり、友達付き合いが始まった。もっとも付き合いが始まると、途端にレコードを買わなくなり、その代わりにアタシへテープを渡してあれ録れ、それ録れってな案配で、友達関係に立脚した甘い汁を吸っていた。 ま、それも憎めないぐらいに、こっちも憎まれ口上等な関係で付き合ってはいたから、まーいいんだけどさ。
アタシは、着の身着のままなジョーン・ジェットのピチTの腋辺りへ鼻を寄せてみた。まー、正直臭うものの、いずみが言うのもごもっともねと結論付け、臨時休業の札を下ろしたシャッターへ引っ掛けると、二人で行きつけのファミレスへと赴いた。
結局ファミレスで、なんだかんだ数時間過ごしたアタシ達は、6時前に店を出ると、江戸川橋駅近くの小さなバーで、またもや数時間を共に過ごすこととなった。
話のネタは多岐にわたった。そう言えば、いずみの男関係の話って話題にしたことがなかったよなと思い立ち、ちょっと振ってはみたものの、‛サキ、アンタの土俵に立ち入りたくはないわ、‚だって……。
で、なんやかんや店を出た時には、9時を過ぎていて、二人して江戸川橋通りを天神町方面へ向けてふらふら歩いた。ロックのトリビアを道連れに……。
「じゃあ、なんて言ってんのさ、絶対‛ポールのアホーッ‚って言ってるってばー!」
「でもさ、なんでよー?」
「なによー、大体、それ教えてくれたのってサキじゃんかー」
「けどさー、なんで天下の‛サージェント・ペッパー‚のど頭に、そんなさー」
「でしょー。 ‛カッチョイーィッ!‚ってあれもさ、なんでよ、あれ?」
「いずみさー、それ違うヤツでしょがー。あれ……、それなんだっけ?」
「サキさ、酔っ払ったでしょー。それはあれじゃんかー」
「いずみなんて足もつれてんじゃないよー。で、あれ、なんだっけ?」
「サキ、あれはさ、それよー」
「いずみさ、イライラするー。あれ? あ、あれかー!」
こんな具合に、第三者には皆目見当のつかない酔っ払い特有のたわ言を、ケジメも落ちもつけないまま、アタシ達はじきそれぞれの家路へ向けて別れたのだった。
ところで、あれ、なんだっけ?
帰宅したアタシは、店の灯りを点けると一先ず住居側にあるトイレへと急いだ。屈んでデニムとショーツを下ろしていくと、アソコからムワーっと蒸れた臭いが漂った。便座に座ってからも、あれがなんだったのかを思い出そうとしていたアタシだったが、その視線にはアルコール臭いオシッコから立ち上がる湯気だけが見えていた……。
プーッ。
おならがアタシを我に戻した。覚えておいた方がいいよ、どんな美人もおならはするし、腋毛も鼻毛も伸びる。
結局薬局、思い出せないまま水を流して、トイレを出たアタシは、モヤモヤを抱えたまま店へと戻り始めた。その途中、いずみが思い出したかもしれないなと思い立ち、スマホを取り出しながらレコード棚を漁った。偶然、それこそアレを摘まみ出すかもしれないしね……。
「もしもし、いずみ?」
「アンタ、誰?」
「……アンタこそ、誰よ?」
「うるさいッ!」
切られた。知らない女の声だった……。いくらでも深読み出来る状況に出くわしたが、いいや、めんどくせー!
クーッ! 苛々するぜ、メタルでも流すかッ。
Aの棚まで戻ったアタシは、AC/DCのコーナーから『悪魔の招待状』をピックアップすると、カウンターへ向かった。ざっくり剥がれたガムテープのフタを見遣り、段ボールを回り込んだアタシは、カウンターへ入り込み、抜き出した盤をプレーヤーへ載せ、アームを摘み上げたところで、フッと動きを止めた。
「……」
なんだろう? 何かが気になって、それとはまた別に何かを思い出しそうになったのだ。
何を……?
続く
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