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misora32349
社労士|2024.10.26
ずっと復職は難しいだろうなと、密かに思っていた。
以前、リワークに行ってから復職したことがある。復職後、一月半で再休職したのだが、その時のコンディションより明らかに状態が悪かった。
ただ、周りの人には言わなかった。言えなかった。
客観的に自分を見て、睡眠障害が致命傷になっていることは間違いなかった。朝の時間が整えられない。社会人として終わっていた。
まずは福祉の力に頼ろうと思った。
数ヶ月前に主治医に、障害年金と障害者手帳のことについて話したことがある。主治医は、「年金は難しいでしょうね。手帳は3級ならなんとか」と言った。
復職を希望していたので、主治医には良いことしか言ってなかった。
「散歩してます」「家事やってます」
冬場は風呂は外出時にしか入れない。食べるものが無いときはフルグラや菓子パンで凌いだ。家事はほんとに苦しかった。洗濯物の取り込みと風呂掃除と飯炊きは億劫でたまらなかった。
エックスのスペースで障害年金の話をよく聞くようになっていた。自分には関係のないことだと思っていた。
「だめもとで社労士に電話してみよう」
市街地にある社労士事務所だった。電話で事情を説明すると何とかなりそうな雰囲気だった。
トントン拍子で話が進んでいき、面談することになった。
風俗街の入口のコインパーキングに車を停めて事務所まで歩いた。
地場のデパートのすぐ隣で少し驚いた。
途中で、老舗のラーメン店で食事を済ませた。
エレベーターに乗って、事務所に到着した。
扉を開けると職人肌な感じのする二人の男性がいた。
概要の説明のあと、病歴と今、現在の症状の聞き取りを受けた。
次の通院時にすること、必要な書類を受け取った。
謝礼金についてもこの時確認した。委任状を書いてこの日は終わった。
障害者年金なんとかなるかも。