日本とミャンマー、挑戦と葛藤との狭間
テレビや新聞で大きく報じられたので、覚えている方もいらっしゃるかもしれません。
W杯予選で来日、軍事クーデターへの抗議によって、帰国を拒んだミャンマーの選手。異例のスピード難民認定やプロ契約など、メディア引っ張りだこだった彼が、今回契約したチームを辞めるにいたった経緯について語っている記事があります。
難民としての葛藤と、社会に語られる様々な物語とが凝縮されています。彼の周りで支え続けてる多くの人の中にも、ものすごい葛藤があっただろうなと感じました。
生活費を補うため、アルバイトもした。
朝4時台に起床し、6時からの練習に参加。8時すぎに終わると、10時に始まる化粧品工場で道具を洗浄する仕事に急ぐ。練習が長引くと、バイト前にシャワーも浴びられない。
午後5時半終業。「練習と仕事でぐったりし、駅のベンチで座り込んだ」。帰宅後は9時まで、日本語のオンライン授業を受けた。床につくのは11時ごろ。睡眠は4、5時間だった。
「自分は日本で命をつなげるが、彼らは命の危険を冒して戦っている。無力感や歯がゆさ、後ろめたさに苛さいなまれるようになった」
困難も多いが、日本残留が「正しかった」という思いは変わらない。「帰国したら逮捕され、命を失ったかもしれない。生きている限り、母国のために何かできる」
これらは、日本に来る他の難民の若者たちが語る心境と被る部分もあります。社会が一瞬注目するサクセスストーリーのみではない。
難民認定され、法的地位は安定したとしても、このような葛藤、悩み、不安があります。
多くの人は、来日後、難民認定される日を待ちながら、宙ぶらりんで今後どうなるか分からず暮らしてます。緊急避難の後に必ず訪れるのは、中長期的な人生の再建フェーズ。これまで築いてきた人間関係やキャリアがゼロになる場所から踏み出す一歩。スマホをのぞけば祖国では、友達や家族が命を落としたり怯えながら暮らしている。
生身の人が生きるには苦悩はつきもので、逆境を乗り越えてきたからこそもっている人間としての強さや優しさをバネにし活躍する場面もあれば、トラウマや葛藤に苛まれる場面だってある。
「この人はすごい」とか「この人は難しい」とか、そんなんじゃなくて、ひとりの人の中に、いろんな葛藤がある。
”難民を受け入れる”とは、それらを全部含めて、その人の存在を受け入れ、共に挑戦することなのかな。一方的に受け入れる、ではなく、受け入れあうことだとしたら。キャリアプログラムを通して未来に踏み出した若者たちも、鳥肌が立つようなスピーチで後輩に希望を与えることもあれば、立ち止まるときもあるのです。人生の再建には、いかんせん時間がかかる。
「難民だから」の側面だけじゃない。私たちも、悩み、ぶつかり葛藤し学びと成長を繰り返しながらみんな生きている。一方で「難民だから」こその葛藤も必ずある。よかれと思い「みんな一緒だよ」と括ることはあまりにも乱暴だけど、いざというとき同じ人間なんだという立場に立てるか、本当に、個人も社会も試されてる気がする。
まだ、彼とお話ししたことないんだけれど、どこかのタイミングでゆっくりお話聞いてみたいなと思ったりしました。
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WELgeeは、日本に来る難民・難民申請者向けのキャリアプログラム「JobCopass」を運営しています。彼らの人生は、受け入れ側の日本社会でどんな人たちと出会えるかに大きく左右されます。
生きててよかった、日本に来てよかった、あの時人生を諦めなくてよかった、あの社長に出会って人生が変わったという人を一緒に増やしませんか?