【創作大賞】血塗れのわたしたち
「ガガガガガガ…ミッシミッシ」
歯科医がペンチみたいなもので歯肉から”そこにあるべきでない”ものを引っこ抜こうとする
その前には、もはや猿くつわのようなものを口にはめられ、
彼は嬉々として、この私の非常に厄介な生え方の親不知の事例を写真に収めた
ただそこに生えただけなのに、自然に成長しただけなのに
邪魔者扱いされ、こちらの一方的な意志だけで取り除かれる
口内には唾液を吸うパイプが突っ込まれ、血も出ているのだろう
生暖かい体温が口中に広がる
ずっと口を開け続け、耳にけたたましく響く機械音は脳内をつんざく
気が遠くなりそうな想いとともに、ふとある感覚が頭を過ぎる
あぁ、これはまるで堕胎だ。
特に真横に生えていた右下の親不知は、歯を削り、木っ端微塵にしてバラバラだ
こんなに血みどろで、自然の摂理に反することをした罰とばかりに
頰は大きく腫れ上がる
上司の声が蘇る
「俺、血が本当に無理で採血すると倒れちゃうんだよね」
生理が女性だけにきて、妊娠・出産するのも女性だけならば
せめて親不知くらい男にだけ生えればいいのに。
不妊治療の末に妊娠した芸能人が、夫の無精子症を公開していた。
体外受精のために毎日自己注射するのは女性で
どうして女性ってこうも血塗れなのか
いつだかつまらない男がベッドの上で言った言葉がこだまする
「男ってナイーブだから、血を見るとダメなんだよね」
さっきまで勝手に欲情していたくせに
生理がちょっと早く到来した血を見て一気にやる気を失くしたように言う
やっぱりせめて親不知くらい男にだけ生えればいいのに。