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文通相手は母親。母娘の14日間戦争

高校時代、2週間に渡る母親との冷戦が繰り広げられたことがある。
その間、一切互いに口を聞かず代わりに母娘間で文通が始まった。

趣味:文通、文通相手は母親。


その幕開けはあまりに突然すぎて、10年以上経った今でも鮮明に覚えている。

そしてまた母親からの手紙の冒頭も唐突だった。

「カコちゃんへ

お母さんは何も知らずにカコちゃんの机の引き出しを開けました。
そうするとそこには…もう書かなくてもわかりますよね。
お母さんはショックです。ヨウスケくんは年上だから大人なのかな?」



なるほど、瞬時に合点がいった。
今日はとにかく帰りの車内から不自然だった。

いつも通り、駅まで迎えに来てくれた母親の車に乗り込むと
そこには恒例の”今日の出来事報告”を促す質問もなく、
後部座席で微かに光る携帯画面にあざとく反応した母親からの
「誰とメールしてんのよ?」というお決まりの確認も入らず、

ただただシーンとした空間が夜道を移動しているだけだった。


どうやら、母親は私の部屋に入り、私の机の引き出しを開け、
そこに彼女にとっては”あるはずのないもの”を見つけてしまったようだった。



そう、コから始まりムで終わる5文字のアレだ。



とりあえず具体的な出番の有無にかかわらず
コンビニで買ったものを1つ財布にしのばせておくのが中学生男子にとっての嗜みであり、
ミスチルの桜井さんは「たった0.05ミリの合成ゴムの隔たり」と歌い、
広告代理店男子とのカラオケではなぜだかJITTERIN'JINNの「プレゼント」という曲の替え歌で
「あなたが私にくれたもの」として登場する色とりどりのアレ。


レジェンド加藤鷹はそれをつけない奴は挨拶できない奴と一緒だと言い放ち、
しみけんはそれをつけない関係は不幸の始まりだと言ったアレである。

(こんなにも明言を避け引っ張るべきアイテム名でもないのだが、
どうしても母親のことを書くのに正式名称を並べるのは憚られてしまう。)



そして手紙はこう続く。

「あの時ハナコの家に泊まりに行くと言って許可した外泊も、
そしてあれもこれもヨウスケくんと一緒だったのかと疑ってしまいます。

お父さんは異性なのでもっとショックだと思い報告するか迷いましたが、
伝えることにしました」




”いや、迷った挙句に伝えたんかい!”というツッコミはかろうじてねじ込めるもののの、

上京したての関西人がそこかしこで繰り広げられる会話に抱きがちな感想
「いや、オチは?日直の日誌じゃないねんから、出来事だけ列挙されてもさぁ…」

の最たる例を見せつけられたような、事後報告で締めくくられていた。


学習机の一番上の引き出しにだけ付いている例の鍵を駆使して、
そこにひとまずしまっておいたはずのアレが、

なぜだかここ最近は
”鍵なんてかけなくてもいいや〜”と不思議な解放感が芽生え、
施錠するのをやめたばかりという間の悪さ。


気の緩み、くぅ〜〜〜!!!


(因みに余談が過ぎるが学習机の変遷ってすごいですね。
令和世代のスタイリッシュさよ。
参考:くろがね学習机の歴史



この時の私は
”いや、彼氏が先輩とか関係なくさー、もう1年近く付き合ってるんやもん。察してよ…”という気持ちと、

”やっベー。日頃えら呼吸かのごとく喋り倒しているお母さんの
あの黙りこくった様子、ありゃあ本気だぜ。
どうにか火消しせねば” という気持ちの狭間で眠りについた。


翌朝「おはよう」の一言もないどころか、
もはや娘と目も合わせられず口も聞けなくなってしまった純情母ちゃんの様子に、
とりいそぎ手紙の返事を書いた。


とにかく身の潔白を晴らすべく(うーん、悪いことした訳じゃないんだけどな)
全てを帳消しにするためにとった私の手段はといえば、


近所に住む幼馴染(好都合なことにやんちゃな女子校通い)に
責任転嫁する荒技に出た。
(リカごめん…!)
しかもちょうどその頃、幼馴染のリカ宅ではリフォーム工事中。
なんと間の良い。

「あれは、リカの部屋がリフォーム中だから預かっておいてと言われて、
仕方なく一時保管していたもの」

ついでに引き出しに入っていた毛染めスプレーについては
(これまた進学校あるあるで、母校は毛染め禁止などのルールが厳格に敷かれている訳ではなかった)

「部室に抜き打ちチェックが入ることになり、顧問に見つからないように私が持ち帰った」だの
怒涛の巻き返しを図った。


そこからどんな返事がきたのか詳細の内容は覚えていないのだが、
何通かの文通を経た週末。


遂にその時はやってきた。
私の寝起きを見計らった母親の襲撃だ。
意を決して部屋に入ってきた母親は、床に三角座りをして話しかけてくる。

体育座りをしている母を見るのは初めてで、その姿はとても小さく映った。



久々に聞く我が母親の声は今にも泣きそうで、
「ほんまにヨウスケくんと”変な関係”にはなってへんねやろな?」と問いかけた。


そこから堰を切ったように母親は泣き出し突然の暴露をはじめた。


「今の時代、難しいのはわかってるけど、お母さんはバージンロードを
ほんまにバージンで歩いて、それで良かったと思ってる」
(あ、バージンロードってそういう意味やったんや…)


「大学時代に4年付き合っている人がいたけど、その人とはキスまでだった。
周りは”それはおかしい”と言ってきたけど、
周りなんてよほどの親友以外はあくまで他人。興味本位で言ってくるだけ」
(良かった、「Bまでだった」とか言われなくって)

父親とお見合い結婚をした以外に知る由のなかった彼女の恋愛遍歴が次々と明らかになった。


そこから続けざまに
「お母さんが共働きやったから、カコちゃんに寂しい思いをさせたから
そんなことをしてしまったのかと思って」と泣きじゃくる。

こんなに泣きじゃくる母親を見るのは初めてのことで、
また母親が彼女自身を責める様子に頭を鈍器で殴られたような衝撃を覚えた。

「ちょっとでも寂しい思いをさせないように、
週末は必ず一緒に出かけるようにして、
一緒に過ごす時間を作ってきたつもりだった。
それでもお母さん、間違ってたんやろか?」


泣きたいのはこっちである。そんなに子育て失敗疑惑が浮上するほどのことを
この私はしてしまったのだろうか。


なんだか話は大きく飛躍し、古風やまとなでしこを地で行く彼女の中では

堅苦しい私立高校の校則でしか聞かないようなワードだが
「異性不純行為」×「茶髪」=「非行の徴候」
という公式が咄嗟に頭に思い浮かんだのだろう。

とは言え、
私の抱えた小さな秘密が母親にとってここまでの刃になるとは想像もしておらず、
そのことがただただ悲しかった。


「男の人は出すだけだから何も残らないけど、女の子は傷つくから。
特に若いとまだ体のつくりが不安定だから。せめて二十歳を超えてからにして」

と、飲酒・喫煙と同じ扱いを命じられ、

「保健の授業で習ったと思うけど、
男の子には自分で処理できる能力がついてるから。
マから始まるやつ。カコちゃんもわかるやろ?
本当に好きなら男の子も我慢できるはず」

と、なんだか途中男子の言われようがなかなかのもんだったが、
まさに保健体育の教科書に書いてありそうな一文で母親劇場は一旦クールダウンした。


私は母親の性へのあまりのタブー視っぷりと、
21世紀とは思えぬ時代錯誤ぶり、

大好きな彼氏との関係を「変な関係」と言われたことに傷つきながら、
でも母親が言うことも決定的には間違えてはいない訳で、
ベクトルがなんだか少しズレてはいるもののそこはかとない母親からの愛情など


それらがごちゃ混ぜになったものを休日の起きがけに一気にぐわわんと食らい、

”時すでに遅し”だと心の中で唱えながらも
「何もしていない。それは私の持ち物じゃない」と必死に泣きながら訴えるしかなかった。



母親は母親で私の一連の行動を
「これまでにも出していたかもしれない娘のSOSのサインを
見逃していたのかもしれない」ばりに悔い、
妄想に妄想を重ねる徒労っぷり、


私は私でこのあまりに純粋無垢な元・箱入り娘。の母親に、
今の高校生のリアルを悟られてはなるまいと、


彼女のあまりの潔癖さに辟易とし反発心を覚えながらも、
それでもなんとか”母親の理想の娘像”を守りたい一心で、
「母親には綺麗な世界だけ見ていて欲しい」と願って生娘を装った。


「見なくても良い世界がある」信者の母親と、
「知らなくても良い世界って何?知らない人にどうして判断できるの?」教の私。
この構図が決定的になった一番最初の出来事だった気がする。


互いに正義があって、どちらが悪いでもないが相手を想うがあまりに過剰になってしまいがちな”善意の負荷”って確かに存在する。
そのことを初めて確かに体感した瞬間でもあった気がする。


因みに私の慎ましやかな父親は、
生意気盛りの高校生の娘を学校まで毎朝片道2時間近くかけて車で送ってくれていた訳だが、
その車内で

「カコ、あれらしいやんか。お母さんから聞いたけど」と恐る恐る切り出したかと思えば、

「避妊具持ってたらしいやんか?」と口にした。

朝っぱらから避妊具て…
保健体育の教科書にさえでてこやんわ、その三文字






※岸田さんにご質問です。
(これを聞いてみたいがためにこの文章を書いてきた気もします)

家族のこと、自分のこと、色んなことをとにかくオープンにして下さる岸田さん。
ご家族の中でもそうなんだろうなと拝見しているのですが、
「こんな自分は親には知られたくない」「こんな部分は流石に家族でも受け入れてもらえないかも」というような側面って岸田さんもお持ちなのでしょうか。

母娘で「ここは決定的に違うな」という思考やどうしても分かり合えない主義などがあれば、
またもしそれを克服された方法などあれば差し支えない範囲で教えていただけると幸いです。


#キナリ杯
#岸田さんに聞いてみたいこと


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