さらばアルマ 愛国者学園物語 第227話
(1887字) それからひと月もしないある日。
美鈴のハートを打ち砕く事件
が起きた。小説家のアルマ・ロドリゲスが殺害されたのだ。NY郊外の自宅前で、複数のガンマンに銃撃されて殺された。享年79歳。数日後、犯行声明が出たが、それによると、アルマは、その言論活動で偉大な祖国バルベルデを侮辱した。彼女の著作物はバルベルデ人を非難するものが多い。言論の自由と称して、祖国の発展に貢献したバルベルデ開拓者党の関係者を侮辱したことは許し難い。それゆえ、死んでもらう、という内容だった。
アルマの元には生前、多数の殺害予告が届いていたが、本人はそれらを無視していた。その中には、あの開拓村虐殺事件に関与したとされる開拓者党の過激派グループの名前を差出人にしたメッセージもあった。開拓者党はバルベルデの白人至上主義者たちから構成された政党であり、先住民などから構成された森林党と長年対立していた。
白人の移民の子孫である開拓者党の関係者は、森しかないと言われるバルベルデを開発し、貧しい国から脱却したのは自分たちの功績だと主張。だが、森林党は貴重なジャングルを切り開いて、養分に欠ける貧しい土地を広げたのは彼らだと非難。ごく一部の人間しか開拓の恩恵を受けなかったとして、開発ありきの彼らに疑問を呈した。
アルマもそういう対立の中で言論活動を始め、開拓者党に比べて力が弱いとされる森林党のスポークスパーソンの役割を担った。
だが、開拓者党は森林党に共産主義者がいるとして、森林党関係者を敵対視、その結果が、開拓者党の有力メンバーであったガルシア陸軍中佐らによる
森林党関係者虐殺事件
であった。東西冷戦の最中に起きたその事件は世界に衝撃を与えた。ガルシアらは、共産ゲリラを殺しただけだ、として無罪を主張。アルマたち森林党は、これは共産ゲリラ対策と称して、何の関係もない人々を虐殺した事件だと世界に訴えた。ガルシアたちは逮捕され裁判にかけられたが脱獄して行方不明に。
アルマは身辺に危機が迫っているとして、バルベルデから米NYに移民した。その後は、バルベルデや米国のヒスパニックについてのエッセイなどを書きながら、対話や民主主義の大切さを訴え、ノーベル文学賞候補とも言われていた。
彼女の書いた本は日本でも出版され、
その1冊をたまたま手にした美鈴が、南米の国バルベルデ共和国とその民主主義、それにペンで戦う女性アルマの存在を知ったというわけだ。
映画「コマンドー」と「プレデター」でバルベルデについて知った美鈴には、アルマの本はその国について知ることが出来る新しい風になった。それが、のちに美鈴がジャイカの青年海外協力隊の一員として、この国で働く理由になったのだから、アルマの存在は美鈴にとって大切だった。
それで、マイケルの葬式の時に会えたのは実に貴重なひとときになった。
(彼女は、ホライズンで働く私を励ましてくれた。それなのに)
美鈴は深い悲しみの海に沈んだまま、数日を過ごした。
沈没していた美鈴が浮上したきっかけは、日本人至上主義者である某評論家のコメントだった。アルマは共産主義の団体に所属してそれに傾倒していたのだから、殺されても仕方がない。彼女は冷戦期の西側諸国と共産主義諸国の対立を知っていただろう。バルベルデにおける対立も、それが主因だ。だから、共産主義を信じていた彼女は、自分が対立に巻き込まれることは予想出来たはず。それに祖国を侮辱するような人間は、殺されても文句を言うべきではない。
美鈴はホライズンのSNSを用いて反論した。アルマは共産主義者ではなかった。あの団体には共産主義者がいたことは事実だが、アルマはそうではない。彼女は生涯、民主主義を信じ、共産主義の暗黒面を見逃さなかった、などなど。
すると、美鈴を非難するコメントが増えた。それはアルマイコール共産主義者だから、アルマの本の読者は共産主義者、つまり、美鈴は共産主義者だというもの。共産主義者は反日勢力なのだから、美鈴は反日勢力だ、だから殺されても当然だ、という危険なコメントも複数見つかった。ホライズンの要請により警察が捜査したが、その書き込み者の特定には至らなかった。
「きな臭くなってきたね」
桃子がある日の朝食の席で、美鈴に言った。
美鈴がその意味をとらえられずにいると、桃子は付け加えた。
「文化人が殺されて当然だ。そんなことを言う人が増えた社会は普通じゃないわよ。だから、きな臭いねってこと」
美鈴は味噌汁のお椀から立ち上る湯気を見て、しばらく黙っていた。そして、ある一言を音にした。
「アルマの意志を受け継ぎたいわ」
桃子は満面の笑みを浮かべた。
つづく
これは小説です。
バルベルデは映画「コマンドー」「プレデター」に登場する架空の国です。