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2021/11/08

虚無の日。
ただただゲームをしていたけれど、大衆音楽とそれ以外についても少し考える日にもなった。
なので全くの虚無なんかでは全然なくて、その意味で休息とは言えないかもしれない。


上述の通り1日ゲームをしていた。
昨日観たSAOの影響か、はたまた明日から授業があるからか。
朝はずっとゲームをしていて、母親が買ってきたパンが昼食に出されるまで、ずっとテレビ画面を見ていた。
昼食はなにやら銀杏並木と、そこに所縁のある人の思い出をひたすら語る番組を見ていた。
キャラメルラテを飲む。
熱くて舌を火傷した。
落ち着く午後だったけれど、ふと我に帰ってみるとなんだか一気に老けたような気がした。
それでもその番組を見終わるとすぐにゲームを再開し、精神年齢は実年齢よりも若返った。


プレイ時間を合計すると、すでに5時間は軽く超えていたので、夕方にはさすがに目が疲れてきた。
たっちレディオを聴きながらホットアイマスクみたいなものを目に当てる。
受験期もこうして目を休めていた。
聴覚だけに集中して、他は閉じる。
するとどんどん眠くなる。
その時は音楽を聴いていることが多くて、結局すぐに目が覚めてしまうのだけど、視覚的な刺激の一切を遮断する時間は、巡る思考をシャットダウンすることもできる上、身体の疲れもとれる。
要するに私にとって最高クラスの休養なんだ。

第515回 心の平穏で閉塞感知らずの回。
アニメありきのアニソンという考えと、曲単体を好きになるという感覚の対立について話が展開されていた。
私としては両方の言い分はわかるし、そこは相容れないのなら、お互いそっとしておけばいいのではと思う。
分かり合えないからこそ相手を変えたくなるのもわかるけどそこをなんとか「不毛だな」と踏みとどまろうよって。
どなたかは忘れたけれどその中で「スポーツシューズとスポーツを実際にやる/スポーツを観戦するのと同じ」という見方が提示された。
単純に靴が好きだから買う人と、スポーツをやることまで込みで買う人。
なんとなく昔から思うことがあって「ランニングシューズがもし歩きやすいなら、普段からそれを履いたらいいじゃない」ということ。
昔そういう目的でランニングシューズを買おうとすると「あんたどーせ走らないじゃない」と言われ却下された。
私は外履で走る部活でもなければ、時間に余裕を持って出るので、日常で走ることが本当にない。
図星だったけど「そうじゃなきゃダメなの?」という疑念が湧いた。
こういう違和感っていろんな人が抱くものなのかな。
私の場合は、本当に歩きやすいのかがちょっとわからないので違うかもしれないけれど。

話題が大衆音楽とそうでない音楽ジャンルに移る。

大衆音楽を好んで聴く人は
音楽を日常的に必要としていない人である可能性が高い。

確かに。
今現在音楽は十分にあるので、その大トロ部分である大衆音楽以外のものを見つけようと思う人はある種の物好きだろう。
大衆音楽は多数の心に刺さるように投げかけられるし、大体の人は ”No music, No life!” なんて掲げちゃいない。
逆にその旗の下に集まってくるような人はみんな音楽が他の人とは比べ物にならない程好きで、生きていくのに必要なんだと思う。
私もその1人で、曲数はそれなりに聴く方で、ジャンルもデスメタルやハードロックから、ポップミュージックを経由してアニソンやボカロ、そして洋楽にインストゥルメンタルまで、割に幅広い。
しかしそのどれ1つとして、他人と共有できたことがない。
とどのつまり、所謂「大衆音楽」を悉く外している。(ミスチルやスピッツ、BUMP OF CHICKEN、個人的に新進気鋭のアーティストならYOASOBIやofficial髭男disn、Mrs. GREEN APPLEやヨルシカなどの周りの人が聴く音楽はほぼ知らない。)
サンプル数は1だから、全く持って信頼のあるデータたり得ないけれど、上の仮説は結構当たっている気がしなくもない。
勝手な偏見に当てはまっているだけの可能性も高いけど、音楽を必要不可欠としない人は大衆音楽から外に出る必要が無いというのは一理ある気がする。(もちろん大衆音楽という大都市に住む人にだって、それが無ければ生きていけない人だっているだろう。あくまでも傾向の話。)
加えて、私の周囲のボカロが好きな人は、そのジャンルへの愛が(閉鎖的なコミュニティへの少し狂気的な偏愛とも取れるけど)とても強く感じられ、ボカロを冗談でもバカにされると烈火の如く怒るか、とても悲しい顔をする。
ハードロックが好きな人は追いかけているバンドがポップ路線に行くと「お前もか」みたいな顔をして去っていく。
それだけ自分の中で、その音楽が大きいということなんだろう。
大衆音楽が好きな人に、そんな傾向はあんまり見られない気がする。

もしもそんな外側の人たち “No music, No life!” の旗本やそこに集まった人たちを見かけたら、それを奪ったり、冗談でもバカにしちゃいけない。
私もそうだけど、それはその人の大部分を否定して唾を吐きかけることになる。

長々と書いた。
現代の音楽シーンについてなら、マクロな視点でもミクロな視点でもいろんなことを話したくなるし、人が話しているのを聴いてみたくなる。
専門的な談合や技術的な話、歴史的観点からの分析はちょっと敬遠してしまうけれど「唐突に始まる大学生同士のちょっとだけ賢い会話」レベルならどんどん話してみたい。


長いこと授業から離れていたせいで、明日から授業が再開するというのは俄には信じ難いし信じたくない。
FP2級の受検申し込み受付の開始も確か明日からだ。
なにこの世界が一体となって「動け」と言っている感じ。
まあ既に1つ単位を諦めているのだから、それ以外はせめて頑張れよということか。

一昨日弟が持って帰ってきた高校の手紙。
内容は「すごい大学に行った先輩に話を聞こう!」的なもの。
その先輩のうち1人に、私の知ってる人が記載されていた。
そんなキャラじゃなかったから驚いて、写真を撮って分かる人にだけ伝わるように加工してTwitterの大学垢でない方に上げていた。
そのツイートにいいねがついた。
誰だろうと思って見ると、地方の大学に行った友人。
金髪にしたり、車で出かけたり、彼氏とツーショットを撮ってアイコンにしたり。
今どうしてるんだろうなと思ったところで「ヤバイ!」と思った。
何かの縁で再会した時、私高校から何も変わってなくて驚かれるかも。
コミュ力が向上した以外は本当に何も変わっていない。
外見は旧態依然として垢抜けていないし、中身もあの時より明るい人柄になったぐらい。
外見はまあ良いとして(良くはない)、なんかスキルとか身につけないとまずくないか……。

FPの教本を引っ張り出してきた。
明日申し込み開始だし、いい機会。
現状維持じゃなくて、久々にステップアップを目指してみよう。
ちなみに彼女はその後のツイートでハムスターを飼い始めたことを報告していた。
「かわいい!」とか言って一目惚れしてそうだけど、ペットを飼うイメージは無かったので少し意外。
一人暮らしで寂しかったのかな。
私も何かがんばろ。


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