ドラマ「最愛」新井順子プロデューサーに聞く | チームの総合力を最大限に引き出す妥協なきアプローチ
「アンナチュラル」「MIU404」など数多くのヒットドラマを生み出した
新井順子プロデューサーが手がける最新作「最愛」がスタート。
吉高由里子さん主演で描く構想2年のオリジナルサスペンスで、演出・塚原あゆ子さんとのタッグということでも期待を集めている。ゼロからイチを生み出し、大きく育てるために不可欠な制作スタッフの総合力。細かな感覚を共有する上で新井さんが実践するチームビルディングについて聞きました。
オリジナル作品だからこそ、試行錯誤を重ねてキャラクターづくりに徹底的にこだわる
──10月スタートのドラマ「最愛」は新井さんが2年練ったオリジナルサスペンスで、「わたし、定時で帰ります。」で吉高由里子さんと出会ったことが着想のきっかけなんですね。
そうなんです。「わたし、定時で帰ります。」の撮影で、「吉高由里子さんにはまだ見たことのない姿があるのではないか?」と感じたことが始まりで。今作での吉高さんは別人のようですね。「そう来たか!」と思うような芝居があったり、感情の出し方は想像を超えています。吉高さん演じる梨央は気鋭の実業家で、世間に見せている凛とした社長としての顔、井浦新さん演じる弁護士の加瀬にしか見せない顔と、いろんな顔を見せますが、これまでの吉高さんのイメージにはない新たな一面が見られるので期待していてください。
そして、梨央が高校時代に恋心を抱いていた相手が、松下洸平さん演じる大輝。15年ぶりに再会した時、大輝は刑事、梨央は殺人事件の重要参考人となっているところから物語は始まります。しかし、このふたりが一緒の場面は、一話につき1,2シーンくらいしかないんです。ロミオとジュリエットのようになかなか会うことができない。ふたりのラブがどう展開するのかも注目です。
──井浦新さん、薬師丸ひろ子さんは、「アンナチュラル」にも出演されていました。
井浦さんは「こんな人に守られたらいいな」と思うような弁護士で、今作ではスタッフ断トツ人気の癒やしのキャラクターです。「アンナチュラル」では、法医解剖医の中堂役が曲者のキャラクターだったので、今回は「人のために動ける人」をお願いしたいなと。薬師丸さんは梨央のお母さん役で、そんなに多くの出番があるわけではないのですが、さすがの存在感で番組に華を添えていただいています。
──声優として絶大な人気を集める津田健次郎さんのキャスティングも注目を集めています。
テレビドラマとして、幅広い年齢層の視聴者に楽しんでいただけるように、いろんなジャンルの方をキャスティングしています。津田さんには以前から注目していて、いつか出ていただきたいとタイミングを狙っていました。部下からの信頼も厚い刑事役は、ぴったりだと思っています。刑事なので基本的にはビシッとしているんですけど、ちょっと茶化すようなところもたまにあって、面白く演じてくれるかなと。声優界の大スターとあって、声が聞き取りやすい!噛まない!津田さんがしゃべると重要じゃないこともものすごく重要に聞こえますね。非常にサスペンス感があるというか。津田さんには予告ナレーションもお願いしているので、ぜひチェックしてみてください。
──キャラクターづくりにおいて、オリジナル作品ゆえのポイントはありますか?
オリジナル作品だと、キャラクターに対して抱くイメージが人によって違うじゃないですか。こういう役に違いないという確証がないというか。台本一つ読むにしても、読み方が全く違うんだなと毎回現場で感じています。キャストのみなさんに役の説明を細かくした上で演じていただき、「もう少し抑えてください」「もっといきましょう」といった加減をフィードバックする。正解がないので、お互いの頭の中にあるイメージを合わせていくという作業ですね。演じていただきながらキャラクターを作り上げていくと、役が膨らんで「こういう役だったのか!」と新たな一面が見えてくることがあって、それはオリジナル作品ならではの魅力かもしれませんね。
ゼロをイチにし、チームで作り上げる。現場はもちろん、現場にいないスタッフの力も大きな鍵を握る。
──演出(監督)を務めるのは塚原あゆ子さん。湊かなえさん原作のドラマ三部作「夜行観覧車」「Nのために」「リバース」をはじめ、数多くの作品で新井さんとタッグを組み、「アンナチュラル」「MIU404」では放送文化基金賞を受賞しています。
塚原さんとのタッグということが話題になり、期待されることは、素直にありがたいですね。塚原さんと私の名前が出る機会が多いですが、当然ながら私たちだけの力ではありません。ゼロをイチにしてくれる作家がいて、その設計図をもとに監督を中心として、スタッフ・キャスト全員で作品を作り上げていく。現場にいる全員でいい世界観を築くことはもちろん、編集マンのように現場にいないスタッフの力も不可欠です。
日本だと編集マンが脚光を浴びることは少ないのですが、アメリカでは編集マンはとても重要なポジション。例えば、現場ですごく大変だったシーンがあったとして、尺の都合でカットするとなると良心が揺らぐじゃないですか。でも、編集マンはそういった現場の情報を耳に入れず、そのシーンが必要かどうか、面白いかどうか、客観的に判断してくれる。同じ素材を3人の編集マンに渡してつないでもらったら、三者三様の全く違う作品ができるでしょうね。そのくらい大事な役割を担っています。
──新井さんが思う、塚原さんのすごさとは?
「新しいことをやろう」という気概が常にあり、「まあ、こんな感じかな」とは絶対にならない。撮影中にキャストの意見を聞いて「ああ、それもあるな」となった時の切り替えも早いので、キャストからの信頼も厚い。最近はキャスティング時に、「誰が撮るんですか?」と事務所から質問を受けることが多いのですが、塚原さんの名前を出すと「ああ、安心ですね」と言われます。塚原さんの場合は、経歴も映像資料も必要とせず、名前一つで通ってしまう。言葉では説明しにくいですが、音楽の付け方やカット割など、映像を見れば「これは塚原演出だな!」ってわかるすごさがありますよね。
──今回の「最愛」は、「夜行観覧車」から10年来にわたって共にしてきたチームでの制作です。
信頼できるスタッフばかりで、安心して預けられるチームです。美術にしても衣装にしても、私と塚原さんの意図や好みを理解してくれていて、「何もしなくても望んだものがくる」という感じです。慣れ親しんだチームで感覚を共有して蓄積できるのは大きな強みのひとつですが、その「何もしなくても」という関係になるまでに10年かかっていますからね。私はとにかく現場に足を運ぶタイプで、ここに至るまでに数多くのコミュニケーションを重ね、気になる点は徹底的に議論してきました。その積み重ねの結果、今がある。ベテランがメインを固めつつ、若くて優秀なスタッフも多く、新たなアイデアにも恵まれている。そうやって常に循環することで、チームとしてもアップデートし続けられていると感じます。何もしなくてもいいということは、その分、頭も時間も他のことに向けることができる。この差は意外と大きいですよね。
──チームをまとめるプロデューサーとして、新井さんが大切にしていることを教えてください。
自分がやりたいことを曲げないことですね。テレビドラマである以上、視聴率は無視できませんし、いろんな人がいろんな意見を言います。いい意見はもちろん取り入れますが、迷って全ての意見を取り入れると「何がやりたいの?」という作品になってしまう。やっぱりブレてしまってはよくないですから。自分の思いを貫き通しつつ、周囲の声に耳を傾けて柔軟にチューニングしていく。そのバランスは常に意識しています。
テレビ×配信で作品に新たな可能性を
──テレビでの放送を軸にしつつ、スピンオフなどを配信する試みもこの数年で主流になってきました。
スピンオフを見ることで、ドラマ本編を見てみようと思う方もたくさんいらっしゃるので、本編につながる配信の楽しみが増えるのはいいことですよね。特にラブストーリーだと、このキャラクターのラブも膨らませたいけど尺的に入らないとか、主人公を差し置いてそのキャラクターのラブを膨らませると見づらくなるということもあるので、スピンオフには適していると思います。
サスペンスだと本編でいろんなことを隠しているので、スピンオフで何を出せばいいのかという難しさがありますね。もし、「最愛」でスピンオフを配信するとしたら、梨央と大輝が恋に落ちるまでを描く「エピソード0」の可能性は考えられますよね。本編は梨央の視点、配信は大輝の視点というのも面白いなとは思うんですが、その場合はものすごく早い段階から準備しないと間に合わないですし、時間も労力も倍以上かかってしまうので…もし1年間集中してできるなら、やってみたいなとは思いますね。「着飾る恋には理由があって」では、Paraviオリジナルストーリーのスピンオフ「着飾らない恋には理由があって」を同時並行で撮っていましたが、台本も2つになるので頭が大混乱しました(笑)。
──NetflixやAmazon Prime Videoといった配信サービスが台頭する中、日本のテレビドラマが目指すべきものは何だと思いますか?
テレビは、いつもそばにあるもの、日常性のあるもの。その点で、幅広い年齢層の方々が安心して見られるものでなければならないと思います。「半沢直樹」も、絶対にやり返してくれるという安心感のもとで見られるドラマですよね。「最愛」は日常とは離れた劇的な内容ですけど、それでも応援したくなるようなキャラクターがいます。
「MIU404」を見て警察官になろうと思った男の子が増えたとか、「アンナチュラル」をきっかけに法医学者を目指す受験生が増えたといったことも耳にします。そのくらいテレビドラマには影響力があって、未来を広げてあげられるものなんですよね。同時に、良くない影響を与えてしてしまう危険性もあるわけで、間違ったことを勧めないよう気をつけなければいけない。テレビドラマを作る上で、「何を伝えたいか」は一番にないといけないと思っています。
一方、Netflixのように配信オリジナルドラマであれば、尖ったものが作れますよね。テレビでは触れられないような社会問題に踏み込むこともできるでしょうし、もし私が配信オリジナルドラマを作るとしたら、異次元の世界を描くとか、テレビドラマではやれないものに振り切って、徹底的に作りますね。どんなキャスティングにするか、想像するだけでもワクワクします。
テレビドラマに加えて、テレビドラマ×配信スピンオフ、配信オリジナルドラマ、という選択肢が増えた今、制作者は新たな可能性を広げる機会を得て、視聴者も「これまでに見たことがないドラマ」を見られるようになっている。ドラマの楽しみ方が多様になっていくことは、とてもいいことですよね。
■本記事のTIPS
・プロデューサーに必要なのは、独りよがりではないブレない軸。
・現場に足を運び、メンバーと徹底的に議論することを妥協しない。細かな感覚を共有できるようになることで、後々頭も時間も他に向けることができクオリティも上がる。
・配信スピンオフはジャンルにより向き不向きはあれど、テレビドラマ本編の視聴につながる仕掛けとしての大きな可能性を秘めている。
■PROFILE■
新井順子(あらい じゅんこ)
株式会社TBSスパークル エンタテインメント本部 ドラマ映画部/副部長・プロデューサー。
2001年に入社し、助監督を6年間務めたのち、プロデューサーに転身。「夜行観覧車」(2013年)、「Nのために」(2014年)、「リバース」(2017年)をはじめ、「アンナチュラル」「中学聖日記」(ともに2018年)、「わたし、定時で帰ります。」(2019年)、「MIU404」(2020年)、「着飾る恋には理由があって」(2021年)など、数多くの話題作・ヒット作を手がける。
JAPAN ENTERTAINMENT-BUSINESS NEWS(JEN)は
エンターテインメント業界で働くビジネスパーソンを対象にした
エンタメビジネストレンドメディアです。
ヒット作品の仕掛け人のインタビューや知っておきたい最新トピック、
使ってみたい新サービスの情報など、エンタメ領域におけるさまざまな情報をお届けしてまいります。
\こちらの記事もおすすめ!/
*株式会社FIREBUGのホームページはこちら
*お問い合わせはこちら
Writer:龍輪剛