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特別と普通

私はよく「特別になりたい」と思う。
では、今はいったい何なのだろう。
「特別」の対義語を調べてみると、「普通」も含まれていた。
ということは、今の私は「普通」なのだろうか。
私は自分が「普通」の領域にいるとは思わない。(もっと下なはず…。)

知人に「普通になりたい」と口にした人がいた。
でもあの人を特別だとは思わないし、あの人自身が自分のことを特別だと思っているようにも感じない。

普通とか、特別ってなんだろう。

こういった疑問をもったことをきっかけに、社会や人間は特別と普通の二層構造ではないのだと思うようになった。
優劣があるような表現をしてしまうのは本意ではないが、上から
「特別」「普通」「〇〇」という構造だと考える。(〇〇の適切な言葉は思いついていない。)

もしくは、「普通」が思っているよりも広い範囲を表せてしまうのかもしれない。
しかし、「普通」には「平均」や「標準」といった意味も含まれているように思えるから、それよりも何らかの基準が低い人は「普通」には分類されないのではないだろうか。

であれば、やはり三層構造という仮説が正しそうだ。
しかし、三層目の名称は分からない。

これについて是非、模索していきたい。

では、また。

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