ジェフおばさんの独り言

 これはジェフユナイテッド市原・千葉のアドベントカレンダー2021(https://adventar.org/calendars/6852)の記事です。

 こんにちは。以前から気になっていたジェフアドベントカレンダー。自分も何か書きたいと思っていましたが、今年も出遅れて、Twitterで呟いたところ、青山さんに救っていただきました。ありがとうございます。また、noteのお作法が分からず、お見苦しい点もあるかと思います。ご容赦ください。

 自己紹介を兼ねて、ジェフとの関りについてお話させていただきます。観戦を始めたのは平成7年(1995年)頃からではないかと思います。
 その頃、仕事はともかく、私生活はひどい状態でした。簡単にいうと、離婚したんですね。メンタルも相当やられて、カウンセリングなどにも通ったのですが、その中で、自分は自由を手に入れたんだと、気づきました。どこに行こうと、何時に家に帰ろうと、咎める人はいないのです。自己責任は伴いますが、やりたいことができる。ということで、興味を持ったことは、なんでも手を出すことにしたのです。その一つが、Jリーグの試合に行くことでした。
 その頃、知り合いにJRの方がいて、市原臨海競技場開催の招待券をいただきました。最初は、兄弟の家族と一緒に行ったのですが、義姉が普段の奥ゆかしさから豹変するほど興奮していたのを覚えています。(覚えているのは、選手のプレーじゃないんかい!)対戦カードも忘れてしまいましたが、その後も知り合いからチケットをいただくことがあり、自分ひとりでも、頻繁に競技場に行くようになりました。

 この頃はスタジアムというにはほど遠く、「パルテノン神殿」は、まだありませんでした。オーロラビジョンもなければ、電光表示板に出せるのは、チーム名と得点だけ。選手の名前は手作業で看板を付け替えてました。
 チケットをいただけた、ということは、ジェフの人気が傾き始めていたということでもあります。リーグ戦の臨海での入場者は、1995年には1試合平均1万2千人台でしたが、翌年は9千人台です。さらに、次の年は4千人台と、ものすごい落ち込みようです。

 そのうち、インターネットでいろいろ情報を仕入れるようになり、オフ会などにも参加して、自分でチケットを買って観戦に行くようになりました。当時は、週休2日でも残業が月80時間を超えていた職場でしたが、ホームゲームの日(平日夜も結構ありました)は、残業しない。このスタンスは、今も変わりません。

 こうして昔のことを書き始めるとキリがない(苦笑)。これで、世代も分かると思います。浦安の練習場にも見学に行きましたよ(遠い目)。

 さて、私がアドベントカレンダーに参加した(参加したかった)のもジェフにどっぷり漬かったのも、何にでも興味をもち、頭を突っ込みたくなる性格のせいだと思います。正確に言うと突っ込むまでは慎重です。石橋は叩いて壊します。が、関わり始めると結構、続きます。我慢強いというか、忍耐強いというか。あきらめが悪いというか、しつこいというべきか。ジェフサポで培った体質のせいか・・・。
 いつまでもジェフはジェフでいて欲しい。けれど、今のジェフはどうだろう?そもそも、ジェフがジェフでいるってどういうこと?これからのジェフはどうなるの?
 そんなことを気にするような毎日を送っているうちに、おそらくこれまでのサポ歴と同じ期間、サッカーを観に行くことはできないんじゃないか、と思うようになり、今、感じていることを訴えたいという気持ちになりました。(遺言、かもな。)

 観客が減り始めた頃、単なる観戦者からサポーター有志の活動に参加するようになりました。具体的な活動内容は、五井駅界隈の商店街に呼びかけて観戦チケットを持っているお客さんにサービスの提供をお願いするとか、駅から競技場まで一緒に歩く活動とか、少しでもホームスタジアム感を醸し出すため(観客がいっぱいいるように見せかけるためという説もあり)ゴール裏の座席を黄色く塗るとか、黄色いTシャツを配るとか。(クラブ主導でやったんじゃないですよ。)

 (偉そうに)古参サポという立場で言わせてもらうと、それまでクラブはあまりサポーターという存在を重視していなかったと感じています。Jリーグの理念に「ホームタウン」というキーワードがあるにも関わらず、サポーターはサッカーを観に来るお客さんでしかなく、Jリーグは興行であり、企業スポーツの延長という考えでいたように思います。でも、私たちは、「自分たちの仲間の代表であるジェフ」という気持ちは強かった。

 クラブとこちら側の想いは、近づけたのか、平行線のままなのか測りかねているところで、オシムさんの時代がやってきます。観客も再び増え、新しいスタジアムも完成。タイトルも取った。単純にサービスという面では、格段に良くなりました。が、その後のことは、ご存じの方も多いと思います。
 皮肉ですが、2008年、2009年の一体感は凄かった。

 同じアドベントカレンダーでKawanoさんhttps://note.com/overmars21/n/n1ffe935cd6ddがお書きになっていたのですが、この頃以降、休眠サポーターが多くなってくるんですね。みんなジェフを応援したい気持ちはあるけれど、現地に行けない。仕事も責任ある立場になり、家庭を持ったり。子どものお稽古事等の送り迎えや親の介護等々。同じサポーターが、ずっと最前線で応援し続けるのは難しいことだと思います。昇格プレーオフでは、たくさんのジェフサポーターが集まったように、隠れサポは多いのだと思うのですけどね。

 一方で、クラブの対応は、直営からアウトソーシングが中心になり、ほったらかしになっていたように思います。私は経営については詳しくないのですが、よそのJリーグクラブと比べると工夫が足りないと思いますし、ホームページの誤記等はかなりひどいと感じています。最近の話で言えば、来場ポイントの交換についての対応に辟易した方も多かったのではないでしょうか。

 「おばさん、で、何が言いたいんかい?」

 私は、もっとクラブとサポーターが近づいて、クラブには潤ってもらいたし、サポーターは満足を手に入れたい。そのために声を上げる人、動く人が増えたらいいなと思っています。サポーターは、試合を観に来る人で終わってほしくないのです。
 クラブへの注文や感謝は、態度で示す(文句を言うではありません)。
 ジェフのことを身近に感じてもらえるように、情報等を発信していく。
 試合の時は、タオマフ、フラッグ等でアピールする。(早く、声出し応援ができるようになるといいですね)
 それから、クラブが用意したファンクラブがありますが、それは、金銭のの対価としてつくられているものです。地域やクラブを支援することを目的に活動してくださっている団体(千葉フェラインさんとか、ユナイテッド後援会さん)もあります。こうした団体や活動に参加や賛同することも、ジェフがあり続け、ジェフのままでいられる一助になるのではないかと思っています。

 今のご時世、観戦するだけでも大変なことなのかもしれません。けれど、何かに関わるということが、どれだけ自分の世界を広げていくか。これは体験した人でなければ分かりません。

 その一歩を踏み出すか、踏み出さないか。
 「こんなお節介おばさんみたくなりたくないよ。」
 そういわずに、今より少しだけ、如何でしょうか。
 おっと、一歩を踏み出している方々が並んでいるアドベントカレンダーで書くことでなかったか!と、今ごろ気がつきましたが、誰かのきっかけになることを願って・・・。


 



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