黒い雨訴訟 広島高裁判決特集
JCJ広島支部主催のシンポ動画は次のURLから視聴できます。
https://youtu.be/l1BwGOUKjbg
「黒い雨」広島高裁判決が問いかけているもの
この夏、広島で起きた注目すべき出来事のひとつに「黒い雨」集団訴訟の広島高裁判決(7月14日)がある。各メディアは競い合うように、画期的な判決だと報じた。判決を受け、国(厚労省)と広島市・県との間で厳しいやりとりのすえ結局、国側は上告を断念。画期的な判決は確定した。
黒い雨は、1945年8月6日の原爆投下後に降った。放射性物質や火災のすすなどを含むとされる。ただ、降雨の範囲や健康への影響は未解明な部分も多い。この黒い雨をめぐる全国初の控訴審判決が、なぜそれほど注目されるのか。
原告の1人、高東征二さん(80)は語る。「私たちは昨年、地裁で全面勝訴し、今年は控訴審でさらに前向きな認定をかちとった。上告もさせなかった。40年を超える運動を踏まえ、原告だけでなくすべての黒い雨被爆者に被爆者手帳が行きわたるまで、私たちは、生きて、生きて、がんばり続ける」。そしてこう続けた。
「76年前の私たちの体験は、福島の原発被害者と同じ被曝だ。だから私たちは、福島の方たちの役に立つと確信して法廷で証言してきた。国は内部被曝を心から認めていないが、認めざるを得ないところまでは追い込んだ。私たちはこれからも、福島とともに歩みたい」
判決は明快に被害者の側に立った。原告84人全員に被爆者手帳の交付を命じた1審の広島地裁判決を支持し、国側の控訴を棄却。そのうえで被爆者援護法の理念を重視した新たな判断基準を示した。黒い雨を浴びた者は無論のこと、浴びていなくても、空中の放射性物質を吸引したり、混入した水を飲んだり、付着した野菜を食べたりして体内に取り込んで内部被曝の可能性がある「黒い雨に遭った」者は、病気の発症前でも被爆者と認定すべきだとし、1審判決より広く救済する枠組みを示した。被爆者援護行政の根本的な見直しを迫る画期的なものだ。
国は上告を断念するとともに、「84名の原告の皆様と同じような事情にあった方々には、訴訟への参加・不参加にかかわらず、認定し救済できるよう、早急に対応を検討します」との首相談話を出さざるを得なかった。
原告団には加われなかったが、あの日、同じように「黒い雨に遭った」人たちには、予想もしない朗報である。「黒い雨」訴訟を支援する会が呼びかけた被爆者手帳の申請相談会への予約受付は開始後2時間で満杯となり、その後も毎日のように相談が寄せられている。
広島の「黒い雨」被爆者だけではない。長崎にも、放射性降下物で被曝したにもかかわらず、被爆地域の区別から被爆者と認められず、「被爆体験者」とされた人たちがいる。当然、この人たちも首相談話を受け、「被爆者と認めてほしい」と声をあげている。
福島原発事故後、広島に移り住んだ詩人のアーサー・ビナードさんは9年前、こう発言している。
「広島を、人類がこれから生き延びていくための足がかりにするのか、それともたんなる平和テーマパークにしてしまうのか。3・11以降、その攻防が続いている」
福島原発事故以来、放射性物質による内部被曝の問題がクローズアップされてきた。「黒い雨」は、まさにその内部被曝の問題だ。広島では「黒い雨」地域の指定拡大を求める運動が続いてきたが、今年7月、高裁判決が確定したことで、状況は大きく変わった。「黒い雨」地域の指定にかかわらず疾病の有無を問わず、雨に遭っただけで被爆者と認定されることになった。
広島が被爆地としての役割を果たすかどうかは、この画期的な判決をどう活かすかにかかっている。(JCJ広島支部・難波健治)
=JCJ機関紙「ジャーナリスト」9月25日号に掲載予定です
「黒い雨」判決シンポは9月4日午後1時からオンラインで開催し125人の視聴がありました。コロナのため会場開催ができないなか、JCJ広島として初めて取り組んだオンラインでしたが、参加者の半数は広島県外からで、関心の高さをうかがわせました。また、県外からの多数の参加はオンラインの効用であり、コロナのなかで普及してきたこういうシステムによる情報発信の強化が大切になっています。
シンポでは、黒い雨による内部被曝を明快に認め、国も上告をあきらめた、画期的な判決を、福島原発事故や長崎、さらには世界のヒバクシャにどう生かしていくか、新たな課題も語られました。
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ジャーナリスト会議広島支部のシンポには現在100人を超える申し込みがあり、Zoomウエビナー500人枠に拡大しました。申し込み待っています。
https://mainichi.jp/articles/20210805/k00/00m/040/419000c
戦争遂行の責任果たせ (共同通信コラム)
京都大准教授 直野章子
原告全員を被爆者と認めた「黒い雨」訴訟の広島高裁判決(7月14日)は、被爆者援護の精神に立ち返った判断であり、高く評価したい。
訴訟は被爆者の認定要件を巡って争われた。原告らは、放射能を帯びた「黒い雨」にさらされた結果、健康被害に苦しんでいるのだから、被爆者と認めてほしいと訴えた。原告らが黒い雨に遭ったのは国が指定した援護区域の外だが、雨に含まれていた放射性微粒子を吸引するなどして内部被ばくし、原爆の放射線に影響を受けるような状況下にあったと主張した。
それに対して被告の広島県・市と訴訟参加の国は、原告らは健康被害を生じさせるほどの放射線量を浴びておらず、健康被害が放射線被爆によると科学的に立証できない限り被爆者の認定要件を満たさないと反論した。
裁判所は、認定要件を誤って解釈しているとして被告の反論を退け、被爆者認定では、科学的合理性をもって放射線による健康への影響を立証する必要はなく、影響を否定できない事情の下に置かれていたことで足りるとの判断を示した。
そもそも国の被爆者援護策は、1957年の原爆医療法から始まった。
空襲被害者など一般戦災者との均衡を理由に、原爆被災者の援護は難しいと言われていたが、被爆から10年がたった後にも、健康に見えていた人が突然発病して死亡するケースが相次いだ。
被爆者救援を訴える世論の高まりを受け、国が放射線の影響を受けた可能性のある人に健康管理を行うことで、その不安を取り除き、発病した際には早期に適切な治療につなげることを目的として医療法はつくられた。
「疑わしきは救済」という立法趣旨に沿うならば、放射線の影響を否定できるケースでない限り、被爆者と認めるのが筋であるし、当時の厚生省も被爆者認定において科学的立証を求める考えはないという立場だった。
今回の高裁判決に対して、国は上告を見送って原告全員を被爆者と認めた。そして、同じような条件下にある生存者を被爆者として認める方向で検討するという。
しかし、高裁判決のうち、内部被ばくの健康影響を広く認めるべきだとした点は、政府として容認できないとくぎを刺している。長崎も含めて、被爆者援護の対象が広がることを懸念しているからだろう。さらに内部被ばくによる被害を認めると、東京電力福島第1原発事故の被害認定に波及することを恐れているということもあるだろう。
国の上告断念は喜ばしい。ただ菅義偉首相は被爆者の高齢化に言及し、あたかも人道的配慮をしたかのような発言をしたが、原爆被害は戦争という国の行為によってもたらされたことを忘れてはいないか。
原爆の放射線被害の特殊性を強調することで、国は被爆者援護制度が他の民間人戦争被害者へ広がらないよう歯止めをかけてきた。だからこそ、援護の対象は、放射線による健康被害に限定され、しかも、医療法制定以前に亡くなった人は除外されているのだ
軍人・軍属とその遺族には、60兆円以上の国家予算をつぎ込んできたのと対照的だ。原爆被害が戦争によってもたらされたことから目をそらさず、受忍させられてきた被害者に対して、戦争を遂行した主体として国が果たすべき責任と向き合いながら、今後の検討を進めるよう求めたい。
(2021年8月6日配信)
各紙の社説
https://www.yomiuri.co.jp/editorial/20210727-OYT1T50425/
https://www.asahi.com/articles/DA3S14990628.html?iref=pc_rensai_long_16_article
https://mainichi.jp/articles/20210727/ddm/005/070/133000c
中国新聞1面トップ記事
原告団会見
首相談話
菅義偉首相は26日に広島への原爆投下後に降った「黒い雨」を巡る訴訟の上告を断念した。菅首相による内閣総理大臣談話は以下の通り。
「黒い雨」被爆者健康手帳交付請求等訴訟の判決に関しての内閣総理大臣談話
令和3年7月27日閣議決定
本年7月14日の広島高等裁判所における「黒い雨」被爆者健康手帳交付請求等訴訟判決について、どう対応すべきか、私自身、熟慮に熟慮を重ねてきました。
その結果、今回の訴訟における原告の皆様については、原子爆弾による健康被害の特殊性にかんがみ、国の責任において援護するとの被爆者援護法の理念に立ち返って、その救済を図るべきであると考えるに至り、上告を行わないこととしました。
皆様、相当な高齢であられ、様々な病気も抱えておられます。そうした中で、一審、二審を通じた事実認定を踏まえれば、一定の合理的根拠に基づいて、被爆者と認定することは可能であると判断いたしました。
今回の判決には、原子爆弾の健康影響に関する過去の裁判例と整合しない点があるなど、重大な法律上の問題点があり、政府としては本来であれば受け入れ難いものです。とりわけ、「黒い雨」や飲食物の摂取による内部被曝の健康影響を、科学的な線量推計によらず、広く認めるべきとした点については、これまでの被爆者援護制度の考え方と相容れないものであり、政府としては容認できるものではありません。
以上の考えの下、政府としては、本談話をもってこの判決の問題点についての立場を明らかにした上で、上告は行わないこととし、84名の原告の皆様に被爆者健康手帳を速やかに発行することといたします。また、84名の原告の皆様と同じような事情にあった方々については、訴訟への参加・不参加にかかわらず、認定し救済できるよう、早急に対応を検討します。
原子爆弾の投下から76年が経過しようとする今でも、多くの方々がその健康被害に苦しんでおられる現状に思いを致しながら、被爆者の皆様に寄り添った支援を行ってまいります。そして、再びこのような惨禍が繰り返されることのないよう、世界唯一の戦争被爆国として、核兵器の廃絶と世界の恒久平和を全世界に訴えてまいります。