見出し画像

産後うつに関するエビデンス

 今年、俳優の三浦春馬さんをはじめとした有名人の自殺という大変ショッキングな出来事がありました。現在の新型コロナウイルス感染症の蔓延が関係しているのかはわかりませんが、身体的影響だけでなく精神的にも何かしら影響を与えているのかもしれません。厚生労働省によると、2020年8月の自殺者数は前年同月の20%を上回っており、中でも女性は45%増加しています(1)。また、2020年10月に行われた調査によると、産後うつの可能性がある人は24%にのぼるとの報告がありました(2)。今日はこの産後うつに関するエビデンスを探ってみたいと思います。
 産後うつ病とは、「分娩後の数週間、ときに数カ月後まで続く極度の悲しみや、それに伴う心理的障害が起きている状態」のことを言います。女性は産後、50%~80%がマタニティブルーを経験し(3)、10%~20%がうつを経験しています(3,4)。それは男性においても例外ではありません。父親となった男性の10%~13%が児の出生後3~6か月時に産後うつを経験しており(5)、両親ともにメンタルヘルスの支援を受けるべき対象になっています。これらの数値は、2020年に行われた日本のメタ分析においても同等もしくはやや高い発症率であり(6)、日本を含め世界的な重要課題になっています。
 2017年に発行された日本産婦人科医会のガイドライン(7)によると、産後うつ病をはじめとする精神疾患による自殺は、産科異常による妊産婦死亡率の2倍以上であったと報告されています。また、自殺を試みた女性は妊娠中よりも産後でより死亡率が高い可能性が示唆されており(8)、このことからも、産後のメンタルヘルスケアの重要性がうかがえます。

 産後うつのリスク因子には、以下のようなものがあると考えられています(9)。
(1)若年妊婦
(2)精神疾患既往歴
(3)アルコールや薬物の乱用歴
(4)妊娠や出産に対する不安の訴えの持続
(5)夫が非協力的で夫婦関係が悪い
(6)シングルマザー
(7)自身の周囲(家族や友人)からのサポートが乏しい
(8)今回の妊娠前後から出産までに経験するライフイベント(本人や家族の重篤な疾患、離婚や死別、経済的困窮など)
(9)流産や死産の経験
(10)産後の重いマタニティブルー

 初産である親が産後うつになった際の経験を明らかにしたシステマティックレビュー(10)によりますと、母親の場合は、
1)レジリエンス力の低さにより自身の人生をコントロールすることができないと感じている
2)自身の子ども、パートナーおよび親族に対して両極的な感情を持っていることがうつの原因になっている
3)医療提供者もしくは重要他者から得られる支援と、自身の支援ニーズとのバランスがとれていないと感じた場合に怒りや絶望を感じている
4)新たに見つかった母親としての役割や経済的不安によって絶望、もしくは無力を感じている
 とのことです。また、父親の場合は以下のように報告されています。
1)パートナーもしくは重要他者から得られる支援と、自身に支援ニーズとのバランスがとれていないと感じることによって失望を経験する
2)うつに苦しんでいない父親と比べて、自分のほうがバランスがとれていないと感じている
 この結果のように、父親および母親の両者は、医療従事者からより十分な支援を求めているようです。

 うつ状態になると、「自分はおかしな状態だ」ということが自分自身では認識しにくくなります。産後うつの評価にはエジンバラ産後うつ質問票が非常に有名ではありますが、「2項目質問法」と呼ばれる、簡単にできるうつ病のチェック方法があります(11)。その内容としては、
(1) この1か月間、気分が沈んだり、憂うつな気持ちになったりすることがよくありましたか?
(2) この1か月間、どうも物事に対して興味がわかない、あるいは心から楽しめない感じがよくありましたか?
 であり、このどちらかにでも、「はい」という回答であれば、うつ状態の可能性があるとされています。このような簡易的な方法が社会に周知されると、親自身も医療に向かうきっかけとなり、医療者もより介入しやすくなりますね。

 産後1か月健診を過ぎるとほとんどが産科医の手が離れます。この時にタイミングよく行政が介入し、切れ目ない子育て支援をしていく必要があります。日本では、子育て支援を行う、「子育て世代包括支援センター」を各市町村に設置することが目標としています(12)。核家族化をはじめとして、親が孤立しやすい近年の社会状況では、親は「自分たちだけで子どもを育てないといけない」と考えがちです。親が「みんなで子どもを育てる」と思えるよう、産科・精神科・小児科・看護師・助産師・臨床心理士・行政スタッフによる多領域協働チームでのサポートが必要だと言えるでしょう(7)。

(文責:植木)

引用文献:
1.厚生労働省 自殺の統計:最新の状況 速報値
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/seikatsuhogo/jisatsu/jisatsu_new.html
2.NHK NEWS WEB:母親の「産後うつ」 コロナ影響で倍増のおそれ 研究者調査
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20201014/k10012662971000.html
3.Hübner-Liebermann B, Hausner H, Wittmann M. Recognizing and treating peripartum depression. Dtsch Arztebl Int. 2012;109(24):419-24. doi: 10.3238/arztebl.2012.0419
4.Patel M, Bailey RK, Jabeen S, Ali S, Barker NC, Osiezagha K. Postpartum depression: a review. J Health Care Poor Underserved. 2012;23(2):534-42. doi: 10.1353/hpu.2012.0037
5.Paulson JF, Bazemore SD. Prenatal and postpartum depression in fathers and its association with maternal depression: a meta-analysis. JAMA. 2010;303(19):1961-9. doi: 10.1001/jama.2010.605
6.Tokumitsu, K., Sugawara, N., Maruo, K. et al. Prevalence of perinatal depression among Japanese women: a meta-analysis. Ann Gen Psychiatry 2020;19, 41. Doi: 10.1186/s12991-020-00290-7
7.公益社団法人 日本産婦人科医会 妊産婦メンタルヘルスケアマニュアル 産後ケアへの切れ目ない支援に向けて
http://www.jaog.or.jp/wp/wp-content/uploads/2017/11/jaogmental_L.pdf
8.Shigemi D, Ishimaru M, Matsui H, Fushimi K, Yasunaga H. Suicide Attempts Among Pregnant and Postpartum Women in Japan: A Nationwide Retrospective Cohort Study. J Clin Psychiatry. 2020;81(3):19m12993. doi: 10.4088/JCP.19m12993
9.Biaggi A, Conroy S, Pawlby S, Pariante CM. Identifying the women at risk of antenatal anxiety and depression: A systematic review. J Affect Disord. 2016;191:62-77. doi: 10.1016/j.jad.2015.11.014
10.Holopainen A, Hakulinen T. New parents' experiences of postpartum depression: a systematic review of qualitative evidence. JBI Database System Rev Implement Rep. 2019;17(9):1731-1769. doi: 10.11124/JBISRIR-2017-003909
11.Bosanquet K, Bailey D, Gilbody S, Harden M, Manea L, Nutbrown S, McMillan D. Diagnostic accuracy of the Whooley questions for the identification of depression: a diagnostic meta-analysis. BMJ Open. 2015;5(12):e008913. doi: 10.1136/bmjopen-2015-008913
12.厚生労働省 子育て世代包括支援センター業務ガイドライン 平成29年8月
https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11900000-Koyoukintoujidoukateikyoku/kosodatesedaigaidorain.pdf


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?