私が突然、原因不明の嗅覚障害になった話。
2017年 8月中旬。
私が初めて自身の嗅覚に異常を感じ
耳鼻科を受診した日の事を、今でも鮮明に覚えている。
正確に言うと、匂いが分からなくなったのはそれよりももっと前で、
その時は「最近何だか匂いがしないんですよね~」くらいで
友達や職場の人にも軽く話していた。
大体これが2017年の2月くらいの事だった。
それから約半年後、冒頭にも書いたように私は
自身の嗅覚異常を感じ、耳鼻科を受診した。
その時に貰った薬は、リンデロン点鼻液という
嗅覚障害には第一選択と言っていい程過言では無い
鼻に直接垂らし、点鼻するタイプのステロイドの薬だった。
使い始めて1週間、まだ変化はない。
2週間、まだまだ変化は見られない。
3週間、何も変化はない。
4週間、初めてもらった薬を使い切る頃、私の嗅覚は戻らなかった。
元々私自身も鼻炎や花粉症持ちで、
遺伝的にも鼻に持病を抱えた父親も居る家系だったので、
どうせすぐ治るだろうくらいに考えていた私は、
それから2回ほど通院した後、耳鼻科への通院を辞めてしまった。
第一に、ステロイドの点鼻液を使っていて効果が見られなかったのと、
ステロイドの入った薬を直接鼻に注入する事により代謝に影響があり、
顔に油でも塗りたくったのかってくらい顔面の皮脂の分泌が盛んになった。
それからまた数か月が経った頃、回復の兆しすら見られない嗅覚に
再度痺れを切らし、今度は家の近くの町医者ではなく、
家から少し離れた新しく出来たばかりの耳鼻科に行った。
そこで行ったのはアリナミンテスト。
簡単に言うと静脈にビタミンB1(独特なニンニク臭がある)を注射し、
嗅覚障害の人がどれだけの匂いを感じ取る事が出来るのか、
はたまたもう完全に嗅覚細胞が機能しなくなってしまっているのか。
その指標を測るのがアリナミンテスト。
結果、私の嗅覚は普通に匂いを感じ取れる人と同じ結果を叩き出した。
つまり、何も異常が無かったのである。
本当に匂いがしなくなってしまった人は、このテストで
静脈にアリナミンを注射されても一切の匂いを感じ取ることが出来ない。
でも筆者さんの嗅覚細胞はまだ正常に機能をしているので、
治る見込みがありますよーだなんて言われた。
普通アリナミンを注射された時に多くの人が感じる匂いは
ビタミンB1特有の「ニンニクの匂い」らしいのだが、
私が、一番最初にどんな匂いがしますか?と聞かれた時言った言葉は、
「ガソリンスタンドの匂い」だった。
匂いはしていても、どこかで捻じ曲がって脳に伝わってるんだろうなあと。
ただまあ匂いはするという事でとりあえず使った事のあるリンデロンと
モンテルカスト(鼻炎の薬)、そして漢方(当帰芍薬散)を貰って帰った。
ここで何故漢方?ってなったけど、
当帰芍薬散は漢方ながら嗅覚障害を治した実績もあるらしい。
その病院には半年間の通院を続けた。
経過観察の為か14日~21日くらいの短期でしか薬が処方されなかった為、
半年という短い期間ではあれど、通院回数は多かった方だと思う。
それでも私の嗅覚障害は治らなかった。
そしてまた私は、通院を辞めてしまった。
匂いの無い世界で生きて行こう。
いつか匂いが戻る日が来るだろう。
そうやって考えてしばらく過ごしていた。
けれど友達と一緒に遊びに出かけた時、
フードコートから漂ってくる美味しそうな匂いに友達が歓喜しても、
私だけはその匂いを感じ取ることが出来ない。
ましてや自分の匂いさえもわからない。
自分が異臭を放っていないか、物凄く不安に陥る。
自分の匂いケアの為に、いろんなものを買う。
中でも困ったのは衣服の柔軟剤だった。
「フローラルピオニー」
「エレガントリリー」
「エンジェルブーケ」
「パッショネイトブルーム」
・・・・・・・なんなんだそれは。
分からないのでテスターを嗅ぐ。
・・・・・・分からない。
とりあえず名前の雰囲気でよさそうなものを買う。
私にとってはあれだけあっても柔軟剤なんて全部一つの商品なのだ。
はたまた場面は変わり、職場の外のお客様用灰皿の
たばこが消化しきれておらず、
店の中に煙の匂いが充満していた事があった。
他の従業員がその異変に気付き止めに行く。
これが、自分の家だったらどうなっていただろう。
危険に気づくことが出来ず、逃げ遅れて死んでいたかもしれない。
一概に嗅覚障害とは言っても、
目や耳の障害の様に日常生活が困難になるほどではない。
むしろ普通に暮らしている分には全く理解してもらえない。
何度も私は嗅覚障害だと会話中で言ったはずなのに、
あ、そういえばそうだったね。だなんて何度も言われてきた。
私が嗅覚障害者である事を、他人は忘れるのだ。
はたまたそれは、家族でさえも。
換気扇を付け忘れ料理をした時に、父親に部屋中が臭いと怒鳴られた。
家族でさえも、私の嗅覚障害に寄り添う事は出来なかったのだ。
家族にさえ理解してもらった事は私の中で酷くショックで、
今度は大きな大学病院に紹介状を書いてもらう事になった。
そこで鼻から脳までのCTを取り、今度は鼻ではなく脳に異常が無いか、
しっかり見てもらう事になった。
人生2度目のアリナミンテスト。
もちろん、1年ぶりでも異常無し。私の嗅覚細胞は生きている。
大学病院の先生が私の目の前で匂いの強い
柑橘系の芳香スプレーを噴射する。
あの時室内に匂いが充満していたらしいが一切感じ取る事が出来なかった。
それからCTスキャン。
脳に腫瘍等無く、嗅細胞に繋がる道も特に異常無し。
私の鼻も脳も、健常そのものだった。
頂いた診断書を見せられながら耳鼻科医に説明を受ける。
嗅覚障害になりうる原因全てを一通り説明された後、医者は私に言った。
「原因不明です。」
原因不明という欄に大きくマルが付けられた診断書を貰い家に帰る。
どこにも異常が無いのなら、
もう耳鼻科の薬を使ったって何も意味がないじゃないか。
半ば自暴自棄に陥ったものの、
もうここまでくればもはや精神的なものではないかと断定し、
その時点で2年程度通院を続けていた心療内科に相談をした。
というより相談自体は匂いがしなくなった初期ごろからしていたものの、
心療内科医は専門外なのか結局あまり触れられずにいた。
そこから私はカウンセリングを行う事になった。
あくまで「自分が嗅覚を失った理由を知りたい」という名目だったが、
医者的には持病の精神的疾患、「持続性抑うつ障害の治癒の為。」
に私にカウンセリングを勧めたらしい。
2人のカウンセラーを経験して、色々話を聞いて相談に乗ってもらったが、
人と話すくらいでは私の嗅覚は治らないと半ば諦めていたのもあるのか、
嗅覚が戻ってくることは無かった。
結局カウンセリングも一度転院を挟み、2年程受けた後辞めてしまった。
その後心療内科でラツーダ錠という新薬を貰った時は、
コロナの時期という事もあり、
毎日洗濯している布マスクを着用中、
うっすらと柔軟剤の匂いを感じ取る事が出来たものの、
静座不能。動いていたくなる、じっとしていられない不快感。
副作用のアカシジアに耐える事が出来なかった。
そして私が嗅覚を失ってもうすぐで4年を迎えようとしている。
正確に言うと、私の嗅覚障害の更に細かい分類としては、
異臭症という類になるらしい。
そこに匂い物質が無いのにも関わらず、不快な匂いがする。
もちろん1年あったら11か月は何も匂いがしない状態が続いている。
しかし簡単に時間に換算するとその残りの1か月程度は
嗅いだことが無い為、人に上手く伝える事の出来ない異臭がする。
そんな状態がここ3年以上続いている。
一番酷かったのは1年目~2年目の間で、
部屋に1日1プッシュするだけで蚊を殺す匂い付きスプレーを噴射した時、
もうとっくに匂いなんてしないはずなのに
1日中その匂いを感じ取っている日があった。
あまりにも強い匂い(実際には匂って居ない)で吐き気を催した。
毎回そうならば納得がつく。
しかし吐き気を催す程異臭を感じ取ったのはその日だけだった。
はたまたおととい、更には4,5日前に食べたものの匂いがする時がある。
それは空気中からではなく、自分の体内から這い上がってくるような。
既に胃の中では消化されてしまっている為、
これは実際体内から食べたものの匂いがしているという訳ではなく、
以前嗅いだことのある食べ物の記憶の残滓から香ってくるものなのだと
自分に言い聞かせるように納得させていたが、
それでも本来はしないはずの匂いが持続しているのは聊か気持ちが悪い。
そんな経験も多々あった為、私は異臭症の類に分類された。
嗅覚を失う前に、風邪をひいて鼻をおかしくしたわけでもない。
脳に異常があるわけでもない。
嗅覚細胞が機能していないわけでもない。
嗅覚細胞へと伝わる道が何かの疾患によって閉塞しているわけでもない。
そりゃあ、原因不明になるなあと思う。
しかしそんな私にも思い当たる節が無いわけでは無かった。
当時私には好きだった男性が居た。
でもその人は既婚者で到底手の届くはずもない人だった。
そしてその不毛な私を応援してくれている女性が居た。
でも、結果その二人が不倫していた。
精神面が大きな音を立てて崩れていった。
あれからだったと思う、私の嗅覚が無くなってしまったのは。
素敵な恋愛の一つでもできれば治るかもしれないと思って居たが、
その後も度々ヘヴィー級の恋は見事に角砂糖と一緒に溶けた。
そのせいか幼い頃から培ってきた私の持続性抑うつ障害は見事に悪化し、
(※最近では装い新たに気分変調症なんて言われ方もされているらしい)
今でも心療内科で治療を続けている。
嗅覚が戻ってくる事はもう諦めてしまっている。
20代前半に嗅覚を失い、死ぬまでこのままなのかと思うと気が遠のく
けれど、今は素敵な恋人が出来た。
その恋人は私の嗅覚を治すために作ってくれた料理の匂いを嗅がせてくる。
良い匂い!だなんて笑顔でいつか言える日が来る事を願って、
私は恋人と一緒に作った料理を食べる。
五感の内の一つが欠落する事、本来の人間が持つ機能を失ってしまう事。
私はもう思い出の残滓の匂いしか感じ取る事が出来なくなってしまったけど
私は今日も、普通の人として生きている。
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