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【小説】タシカユカシタ #20
天井にいる時でも、壁をすり抜けることが出来るのか確かめることも出来ず浩太は閉まっているドアめがけて突っ込んだが、難なく廊下に出られた。
ドアが開く気配がして何人か浩太を目で追ったが、かまわず浩太は廊下の天井を全速力で走った。
職員室の手前の角を曲がり、下駄箱のある玄関を、突っ切って、また角を曲がり、連絡通路の入り口を通り過ぎ、大楠の見えるB棟、一階の廊下まで来たところで、浩太は立ち止まり、ひざに手をかけ、はあはあと、荒い息を吐いた。A棟とB棟は玄関のある棟とつながっていた。つまり本校舎は、コの字型になっていた。
「はあっはあっ」
(なんでこんな目に遭わなきゃいけないんだよう)
浩太は泣きたくなった。自分が竜をめぐる物語の主人公で、どんどんステージをクリアーしていき、最後は頂点に立つ様を夢想しているときは高揚感もあったが、リセットも出来ない、そもそもこれが本当にゲームの中かさえも分からない。現実の自分は、学校の中だけの狭い世界に閉じ込められていて、一年生に追われる羽目になっている。
(もう、いやだ…)
涙があふれ出てきた。
ぼやけた目に大楠が映った。一階の天井から見ているので、ちょうど根元の部分だ。
(《宵闇》!)
もう居ても立ってもいられなかった。ガラスを、すり抜けると、すぐ空のじゅうたんを、足元に感じた。そのまま、大楠の根元の洞まで一直線に向かった。
洞の中に入ると、空のじゅうたんも感じず宙にういているような感じだった。
「《宵闇》!僕だ!駒田浩太だ!出てきてくれ!呪文を知らないんだ!ジャックが教えてくれなかったんだ!ジャックは、もう行ってしまったのか!」
浩太は泣きじゃくっていた。
「あんなに怒るつもりは無かったんだ…ただ、ジャックが全部僕のせいみたいなこと言うから、つい…反省してるよ!だから出てきてくれよう…」
浩太は、幹にすがりつくように泣き崩れた。でも浮いたままだった。
《宵闇》は、出てこなかった。辺りは、しんと静まり返っていた。ただ浩太が、ひくひくと泣く声だけが辺りにこだました。
「なんだようぅ」
どれだけ泣いても、何も起こる気配が無い。
(やっぱり、自分でなんとかするしかないのか…)
とりあえず《夢語り》のアクアを探さなければ、と浩太は思ったが、もう五年生の教室から、しらみつぶしに探す気力は浩太には残ってなかった。また見つかって逃げ回りたくないのだ。
(どうすりゃいいんだ)
洞の中で、浩太は考えた。
(他に味方になってくれそうなやつ…いないかな)
他に味方になってくれそうなのは、一人しかいなかった。
村瀬由香だ。
(そうだ。村瀬さんだ!村瀬さんに連絡とれないかな)
由香は、《夢語り》を見ることは出来ない…感じるだけだ。前は見えたかもしれないが、今は見えていない。
(でも何か、伝達手段があるはずだ)
さっき、一年生の教室で、浩太が騒動を起こしたとき、教室の音声は聞き取れなかった。こちらの物音も、たぶん向こうには、届いていなかっただろう。でも…
(あ!あいつの…ジャックの声が、聞こえた!)