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【小説】タシカユカシタ #18
浩太は、すうぅっと、なめらかに空中を逆さまに動いていった。
大楠まで行くには本校舎を迂回して端を通っていけば簡単だったが、浩太は、ちょっと気になることがあった。
それはジャックが、ティラノが本校舎の中へ溶け込んで消えていったと時に言った言葉。
『一、二年生の中には、まだ僕たちを見ることのできる魂を持った子がいるんだ。そういう子が、あいつを見てさわぐのが面白いのさ、あいつは』
実際は、ティラノは、運動場へトレーニングに行っただけなのだが…
浩太は、実際に浩太に気付く子がいるか、興味があった。
(あの教室に、入ってみよう)
そこは、運動場に面した本校舎、A棟一階の真ん中で一年生の教室だった。
浩太は、運動場と校舎の境の芝生の上を進んでいった。
(でも、もうひとつ気になることがある)
さっき壁を突き抜ける時に聞こえた音声…
『設定Cを一時解除します』
(あれは何だ?)
考えてもよく分からない
(アクアに会った時にこれも聞いてみよう。考えるのはあとだ)
さっきは一気に壁を突き抜けてしまい心の準備をする暇もなかったが、さえぎられている物に突進するのは勇気がいる。しかも今、浩太が突進しようといてるのは教室の南側の窓なのだ。窓に突進するのは、壁に突進するよりもきつい。
(ようし!)
浩太は、覚悟を決めて窓に突進した。
ぶつかる瞬間、浩太は目をつむった。
何も起こらなかった。
入ったのか、と目を開けたとたん、浩太は、すとん、と下に落っこちた
。
「わあ!」
下と言っても、天井だけど…浩太は、分身が、現れたときと、同じように、天井を、床にして、その上にしりもちをついていた。
(なんの感覚も、なかった…)
窓を、通り抜けたとき、何も感じられなかった。ジャックは『惜別の部屋』と人間が住んでいる世界とは、目には見えていても次元が違うと言っていた。人間が住んでいる世界と、同じものが見えるけど『惜別の部屋』は、もともと何もない世界なのか。でも今、浩太は天井の上にいる。
(そういう設定になっているのかな?)
浩太は、はっとした。
(設定C!)
分身は、浩太を、『惜別の部屋』に連れ込んだとき、『『惜別の部屋』体験プログラム』を、起動させたと言っていた。誰かが、浩太が描いた『タシカユカシタ』の詩の中の世界を創り出すために『惜別の部屋』の世界を、そのような設定になるようにプログラミングでもしたというのか?
(誰かって、誰が?)