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勝ち負けにこだわる自己愛性人格障害に負けない
私が自己愛性人格障害という言葉を知ったのは、社会人になってからです。
それまでは、この人苦手・嫌いと思うことはあってもとくに問題なく過ごせていました。
社会の荒波に揉まれるうちに、違和感のある変な人たちと出会ってしまいました。
苦手とか嫌いとかの範疇を超えて、存在自体が気持ち悪い・気味が悪い・恐ろしいと感じて特徴をグーグル検索した結果、自己愛性人格障害という存在に辿り着いたわけです。
でも、知ったところで私はどうすることもできませんでした。自己愛性人格障害の被害に遭われた方たちのブログやツイート、ネット掲示板(5ちゃんねる、ガールズチャンネルなど)を見ていると、多くの方が「逃げるしかない」と結論を出されており、私もそうしたほうが良いと思いました。
なので、私も自己愛性人格障害から「逃げる」ことを選びました。私は逃げるが勝ちという言葉が好きです。自己愛性人格障害の存在によって、自分の生命が脅かされているんだから身を守るためには逃げるしかない、それが最善だと思いました。でも、奴らは白黒思考の持ち主であり勝ち負けに異常にこだわります。
なのできっと、奴らから私は「負け」「逃げた」と下に見られているでしょう。
自己愛性人格障害とずーっと一緒に働き続けるのと、逃げること本当はどちらが私にとって良かったんだろうと、今でも考えてしまう時があります。
もし、あのとき、会社を辞めなかったら…
・自己愛性人格障害の奴らと朝から夕方まで同じ空間で過ごす(3部屋しかない)
・エアコンの温度・風向きで自己愛が喧嘩する
・空気清浄機の向き・強さで自己愛が喧嘩する
・扇風機の風当たりで自己愛が喧嘩する
・出勤前にコンビニに行くと不機嫌になる
・会社の雰囲気は自己愛の機嫌に左右される
・「奴らが好きな私」でいることを強いられる
・笑顔がないと不機嫌だと責められる
・表情の些細な変化で責めてくる
・自己愛それぞれが自己愛の悪口を私に吹き込む
・やめてほしいと言ってもやめてもらえない
・私が悪口を言っていることにされる
・クソ上司に相談すると、自己愛から責められる
・私の話は「切り取り」で自己愛の話が全て正しいと責められる
・私が困っているのは私が困っていると思っているだけなので間違っていると言われる
・自己愛たちの特性を受け入れろと言われる
・雑用がいつのまにか私の仕事になっている
・雑用ができてないと怒られる
・トイレに汚物を撒き散らされる(奴らの衛生感覚はないに等しい。汚い、不衛生)
・私物の値段を事あるごとに聞かれる
・私の言動を監視される
・自分用のメモを勝手に読まれる(勝手に読んだ挙句こんなことが書いてあった!と直接伝えてくる)
・命令口調で命令される
・自己愛が体調不良は良いけど、私が体調不良なのは間違っていると言われる
・自己愛がクソ上司に相談する理由はあるけど、私が相談する理由はないと言われる
・自己愛と距離を置く=自己愛への加害行為とみなされる
・自己愛にされたことと同じことをやってあげると攻撃とみなされる
・敵意を向けられたと言われる
・感情的だ、女性的だと批判される
・「お互い様」と自己愛と同列で片付けられる
書き出したら、キリがないほど自己愛性人格障害による弊害を羅列してしまいました。
奴らは、野生動物のように本能だけで生きています。奴らは、気に入らないことがあるとその相手を徹底的に叩き潰してきます。
感情的どころか、感情剥き出しで襲いかかってきます。
とくに、相手が奴らの思い通りに動かないと暴れる印象があります。そして、奴らから逃れるため身を守るためのこちらの反撃は絶対に許されないんです。おかしい、間違ってると言われ何故かお互い様にされてしまいます。
奴らと一緒にいると、こちらの頭がおかしくなってしまいます。
頭がおかしくなってまで、自己愛性人格障害と一緒にいる必要はあるんでしょうか。
精神をすり減らしてまで、しがみつかなければならないような素晴らしい会社なのでしょうか。
いや、しがみつくような価値がないと当時の私が思ったから自己愛性人格障害の巣窟を離れようと決めたのではないでしょうか。
彼女たちは、それぞれ別の時に私に言いました。
「私(自己愛TとA)がいないと、この会社は回っていかない」と。
奴らは、本気でそう思っている様子でした。実際はどうでしょう。迷惑に迷惑を重ね、会社はとんでもないことになっていました。
会社が回らないどころか、会社は常に絶賛大炎上中でした。
私は、奴らが奴ら自身が過ごしやすいように改変された異様な職場にはいたくなかったです。
今もまだ、あの場所にいたら私は今よりももっと精神を病んでいたかもしれません。
食欲もわかなくなって、体重もどんどん減っていきました。精神的にも体力的にも限界だったんです。
自分の健康を守れたんだから、それで良かったとそう思えるようになりたいです。