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“JAZZ雅鳴きたや”の価値はファーストコンタクトにもある

吾が東京から松本に移住したのは、2008年。上高地線新島々駅からさらに奥の集落にある借家で約2年暮らして2011年に今の住まいに転居、2019年にジャズ喫茶“JAZZ雅鳴きたや”を自宅にて開業した。

きたやの店舗用玄関

この住居兼店舗の土地家屋は、静岡にある不動産屋だけが販売していて、地元の業者は扱っていなかった。任意売却の物件であった。
任意売却、略して「任売」は、抵当権を持っている金融機関が所有者に不動産を売却させて貸し付けたお金を回収すること。
住宅購入時にローンを組んだり借金をするときには、土地家屋を担保にして抵当権が打たれる。返済が滞ったり借金が返せなくなった切羽詰まった状態に債務者が陥ると、債権者は任売にもっていく。任売で処理できない不動産は、競売に掛けられてしまう。

競売手続きも並行して進んでいたこの不動産を将来は喫茶店をやりたいと物件巡りをしている時期にデカ長(吾のカミさん)がネット検索していて偶然見つけたのだ。
ここに惹かれたのは、Jクラブ松本山雅のホームスタジアムであるアルウィンに近く歩いても23分ほどであり、自宅で喫茶店を開くのも可能な広い間取りであること。部屋も多いのでなんならゲストハウスもできる。

四方を山々に囲まれた景観が素晴らしいアルウィン

任売で扱い始めたら、吾が訪れる前にいくつかの宅地業者が購入したいと来たそうだ。家主は家屋が壊され更地にされるのは嫌だと追い返した。この家屋を維持しながら住んでくれる人でなければ譲れないと。
任売の実権は銀行が握っていても、家主の合意なくして売買契約は結ばれない。

個人の購入希望者も内覧に訪れたそうだが、契約までには至らず。
家主と何度か話してるうちに吾ら夫婦が好感をもたれ、運よく契約することができた。もちろん、転売などせずにこの家に住みますと約束をして。

それから10年が経とうとしていた頃、思わぬ問題が持ち上がってきた。
きたやが面している県道・松本空港線の拡幅計画が策定されたのだ。

歩道と自転車専用通行帯を新設して道路幅を約2倍にする拡幅計画。
工事は3段階に分かれ、まずはローソンがある交差点からやまびこドーム入口交差点までの1.6km第2工区を施工すると。きたやはこの工区内に位置してる。新道路のため2mほどの敷地が削られる💦

ローソンのT字路交差点
やまびこドーム入口交差点
二つの交差点の間に位置するきたや

道路拡幅で影響がある地権者に対する説明会が2020年2月にあったのだけど、都合あって出席できなかった。説明会から1ヶ月ほど経って、「必要となる用地を明確にするため」敷地内での杭打ち作業を6日後から順次始めたいとの通知があった。

えっ!?何?
用地を提供するなんて同意してないのだけどっ!
そもそもそんな工事計画があったなんて初耳っ。前家主からも聞かされていない。後日入手した説明会の資料を読んでも、どうにも納得いかない。

拡幅計画の発端は、1988年の松本空港整備計画に関連して神戸新田町会から県道を拡げて歩道を設置されたいとの要望があったもの。
1990年に事業開始とあるが、2018年までの進捗状況は不詳。測量と歩道設計に着手し具体的な動きが出てきたのは2018年。この年に関係町会長を対象にした説明会を2回開催したそうだが、町会長から町会住民にその内容は伝えられていない。その2年後に地権者向け説明会があったという経緯。

きたやから近いところにある信州まつもと空港

今までにあった県担当者との話合いも含めて、分かってきたこと。
道路整備する理由は、
. 空港に関連して地元から周辺道路を整備して欲しいとの要望があった。2. 小中学校の通学路にもなっており歩行者が危険である。

県道に面した菅野中学校 少し先にローソンがある

一聴、もっともな理由だなぁと納得してしまいそうであるが、
. 地元や町会からの要望は、住民の総意であるか不明である。会議等に出席した町会長など役員の一個人が発言した可能性がある。総意として明確な要望があったとしても30年以上前の話であり、現在の住民がどのように考えているのか、特に敷地一部を提供することになる地権者の意見を徴していない。
. 路側帯はほぼ1m巾あり過去に死傷事故もなく特段危険とはいえない。まして自転車の交通量は僅かである。歩道がない道路は歩行者にとって危険というのは一般論であり、路側帯がとても狭く死亡事故も発生してる他の県道より優先してこの県道を拡幅する必要性は認められない。
と、大いに異議あり!

ワンコと散歩するときでも充分な巾がある路側帯

JAZZ雅鳴きたやは、平屋の和風建築。日本古来の木造工法で37年前の昭和62年に建てられた。敷地は瓦を載せた塀に囲まれ、木戸が付いた正門がある。正門を潜れば前庭があり、大きな松の木が2本に台杉と諸々の庭木が植わっている。

重厚な造りの正門
松と台杉、つつじが植わった前庭

前庭は金魚が泳ぐ池もある中庭へと続いており、四季折々の風情が楽しめる。前家主によれば、標準的な新築住宅が3~4棟建てられる費用で造園したらしい。日本庭園を扱う雑誌の取材もあったそれなりの造りである。

敷地の角には大きな庭石 この庭石も拡幅工事により失われる
その下にある池 池の左端も新設道路の境界線に掛かってしまう
前庭から右手に進めば
中庭へと続く

伝統的な日本家屋と庭園の設えからは連想できない洋風の客室とのギャップが、きたやの一つのウリになっている。
日本各地にある幾多のジャズ喫茶を巡った体験からも、このような雰囲気を漂わせたジャズ喫茶は、自慢するわけではないが、全国でも稀であろう。

「ふるカフェの価値はファーストコンタクトで決まると言っても過言ではない!」と、古民家カフェブロガーの真田ハルさんも宣うほど、店舗の見掛けは大事であるぞ。きたやが古カフェかどうかは怪しいけど…。

純和風の外観からは連想できないモダンなきたや店内

家屋と調和のとれた正門と塀、デザインされた前庭が目を引く外観が、道路拡幅によって失われようとしているのだ。
2mも後退するとなれば、正門と塀は壊される。シンボルツリーの松も切られ、池も無くなるだろう。中庭との連続性が断たれ景観が損なわれる。
どんな必要があって誰のために実施するのか明らかではないそんな計画には、とてもじゃないが、承服できない。

敷地のみならず家屋の一部にも掛かってしまう住民もいる。建て直すことが困難ですでに立ち退きしてしまった人もいる。まだ築10年も経っていない建売住宅の住人もガッカリ、諦め顔である。

右手に建っていた家屋は立退きになって現在は更地になっている

菅野交差点近くで新たに売り出している住宅があるのだけど、県は宅地業者に拡幅計画があることを通知していない。問合せあれば応えるが、こちらが率先して伝えなければならない法的義務はないとのこと。

菅野交差点は第1工区内
その近くにある売り出し中の建売住宅 敷地が拡幅工事に引っ掛かる

でも、それって道義的にどうなの!?
念願のマイホームを手に入れた住民が、実は道路を広げるので少し土地を提供してくださいとか、それどころか、建物の一部を削らせてくださいと迫られたら、どんな気持ちになるか想像しないのだろうか?そんな大事なこと、買うときに聞いていないよっ!と怒りを買うのは目に見えている。

事前に知らせておけば、自分たちの仕事を進めやすくできるのに、義務はないからと県職員は意に介していない。律儀に仕事するのが公務員の特質だけど、もう少し柔軟に対応してもいいのでは。

前回から2年以上も経って今月11日に県担当者との話合いがあった。4度目だろうか。
それだけ間が空けば人事異動あるし、現担当者とは初顔合わせ。長期間ご無沙汰だったんでてっきり計画が変更になってうちの敷地には掛からなくなったのかと思ってたよ~!なんて嫌みは留め置いて、敷地の一部引渡しについて取りあえず話を聞く。

だけど、以前と変わらないやり取り。道路広げるのも仕方ないかなぁ…と考えさせられるような材料は何も提示されず、話は平行線のまま。

きたや駐車場 オレンジ線あたりまでが道路になる

このままだと、お宅の前だけ道路が狭くなって通行する人が不便になりますよ、地域のためにもどうか納得してもらえないかと、まるで吾が我儘を押し通そうとしてるかのような物言いだけど、こちらは何も悪いことはしていない。今のまま住みながら店を続けたいと願っているだけ。

計画を愚直に遂行すればきたやが道路にはみ出たような形になって、歩行者が真っすぐ進むには塀が邪魔になる状態になる。もちろんそうなるだろう。でも、歩行者が安全に通行できるように計らうのはそれこそ県の責務であるし、こちらが配慮すべき事柄ではない。
歩行者の安全のためにと道路を拡げながら、うちの前面で現状より安全性が低下する恐れがあるのは、いかがなものか?

道路に面した塀と前庭が拡幅工事により失われる

きたや部分を除いて計画が完遂されると、不格好な道路に化す。
なんだよ、この家だけ道路にはみ出しているじゃん。家主が偏屈で土地は売らないとゴネたんだろうな、近所も迷惑してんじゃないか!?などと、事情に疎い人が陰口叩くかも知れない。

でも、非難されるようなことはしていないので、吾は気にしない。間違ったことをしているとは思わない。
世間の目に煩わされるのは嫌だけど、だからといって体裁整えるのに心砕いたりはしない。他人がどう思おうと、何を言おうと、人さまを傷付けない限りでやりたいように生きていこう!ってのが、松本で暮らし始めてからの信条である。

道路にはみ出している!?
却って目立つようになって、不慣れな来店者に店の場所を説明しやすくなりますわ。

工事中の松本短大口バス停あたり

国からも予算が配分されていて期限内に支障なく工事を終えたいのだろう、ひと月後にまた話に来ると県担当者は帰って行ったが、何度来られても懐柔されることはないので、結論は同じだ。

道路を拡げるなら、きたやが閉店になってからにしてもらいたいのね。駐車場が狭くなるのも困るし、店をやってなければ賛同していただろう。

きたやを15年は続けることが当面の目標なので、早くても10年経ってから折衝にきてもらいたい。20年後にはもうここには住んでいないかもだし。30年間も未着工だったんだから、あと10年ぐらい待てるんじゃないの!?

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