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お洒落とは無縁な僕の生活(29)
令和五年四月七日(金)
Netflixで『映画大好きポンポさん』を観た。どうして今まで観てなかったんだろうと後悔するくらいに素晴らしい映画だった。一部ヒロインの声優さんがモデルか女優さんのようで、声優が本業ではないからか、最初は違和感があったけれど、それは些末な問題だった。アニメーションも滑かでテンポもよく、心地が良い。それでいてストーリーラインは単なる安っぽいドラマではなく、この映画ならではのものになっている。誰もが持っている、好きなもの、夢中になるもの、それでいて切り捨てられてきたもの、あるいは何でも持っているように見えて、何も残っていなかった者など、映画を通して描かれるキャラクターたちは、それぞれの悩みを抱えていながらも、それを乗り越えようと、等身大の自分たちを向き合いながら、成長していく。単なる「映画あるある」の映画ではない。青春グラフィティであり、映画に携わる全ての人へ向けた、「僕らの映画」である。アニメ映画に抵抗のない人であれば、ぜひ万人におすすめしたい。
Netflixはポンポさんだけでなく、良いアニメ映画が他にもある。『漁港の肉子ちゃん』はその中でも秀逸だった。明石屋さんまプロデュースだからと舐めてかかってはいけない。アニメーションそのものも良いが、主人公の歌など、音楽にもしっかり手が込んでいる。原作が文学的要素を含んでいるかから、アニメ映画でありながらも、単なる感動では終わらない。世の中にはもっとたくさんの良い映画がある。ポンポさんと肉子ちゃんを通じて、それを実感した。
パステル画はあたらしい画材で描いた。憧れのシュミンケだ。Amazonで安くで見つけて、ハーフ80本とあったけど、画像は40本で不安な商品だった。しかしまあ、40本だったとしてもいいか、と諦め半分で注文。するときちんと80本のが届いた。やった。めちゃくちゃ嬉しくなって、さっそくそれで描く。さすがはシュミンケ。すごい滑らかで、色のりも良いし、めちゃくちゃ伸びる。これでもっとパステル画が楽しくなるなぁと、これから先の自分にわくわくする。
江國香織の『号泣する準備はできていた』を読み終えた。内容として前回日誌に書いたように、女性たちが主人公の、その複雑な内面や、性的事情など、愛と恋について書かれたものが多い。もちろん性愛も恋も僕は嫌いじゃないが、江國香織の作品はそれだけでは終わらず、どこか含みを残していく。単なる恋、単なる愛ではなくて、女性とは何か、結婚とは何か、結婚して失うもの、手に入れるもの、それを羨む者、別の生活を歩む者、と様々な思いと人間事情が錯綜する。ふとこれはエンタメなのだろうか、と疑問すら浮かぶ。芥川賞と直木賞の境目がなくなってきている、とはどこかで聞いたことがある。それを実感した短編集だった。
芥川龍之介の『蜘蛛の糸・杜子春』を読み進めている。まだ途中だが、とりあえず「蜘蛛の糸」「犬と笛」「蜜柑」などは読み終えた。いずれも有名な作品だ。特に「蜜柑」は短いながらも人間の内面で起こるドラマをしっかりと起承転結で表しているのがすばらしい。これだけの長さで(ページ数にして4、5ページしかない)人を感動させることが出来る。それが文章の力だ、と思い知らされた気分だ。「蜘蛛の糸」は言うに及ばす。しかしこれはより古典からの換骨奪胎が目立ち、いかにも童話というか、「物語的」である。小説としてはやっぱり「蜜柑」が心を動かすのもわからなくはない。「犬と笛」は思いのほかチート主人公ものっぽくて面白かった。いつの時代でもこういうのは探せばあるものだな、と感じる。いってみればピーターパンだって、チートといえばそうであるし。基本的に主人公というのは特別で、能力を持っているから、どうしてもそうなってしまう面があるのだろう。学べることは色々あった。
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