韓国ヒップホップレーベルのレジェンド、1LLIONAIRE RECORDSの解体
2020年7月6日、韓国ヒップホップ界に激震が走った。
Dok2、The Quiett、Beenzinoが所属する、韓国を代表するヒップホップレーベルである1LLIONAIRE RECORDS(以下イリネアレコーズと表記)が解体を発表したのだ。
イリネアレコーズがどれほど韓国ヒップホップ界において稀有な存在であったのか、またどのようにして解散へ向かったのかを時系列にまとめてみたい。
※本記事は2020年7月に掲載予定でしたが、イリネア・アンビションのファンであった筆者の手があまりのショックで止まってしまい、2025年1月に再編集の上、掲載しています。
1LLIONAIRE RECORDSの沿革
イリネアレコーズは、Dok2とThe Quiettによって2011年1月1日に設立された。ほどなくしてBeenzinoが加入し、3人体制で活動を続けてきた。
Dok2は貧乏だった家の事情で中卒であり、それが理由で兵役が免除されている。12歳から稼ぐためにチョPDの元で音楽活動し、その後はマイクロドットとAll Blackとして活動した。All Black解体後はMap The Soulに所属し、解体後イリネアを創設した。バックグラウンドもあってか、金自慢が歌詞に多く含まれることが特徴的で、歌詞伝達力が高くライブに強いラッパーである。一方で、イリネア結成前はディクションに対する批判が多かった側面もある。
The Quiettは2000年頃からアンダーグラウンドでDust II Dustというグループで活動を始め、2004年にソウルカンパニーを創立し中心メンバーとして活動を6年続け、ソウルカンパニーの特徴である「感性ヒップホップ」の確立に貢献した。PaloaltoとP&Qとして活動した期間もある。2010年にソウルカンパニーを脱退し、イリネアレコーズ創立以降ガラッとラップスタイルを変えている。
Beenzinoはヒップホップが主流でなかった2010年代前半においても大衆的な人気を獲得し、イリネアレコーズだけでなく韓国ヒップホップ界全体を牽引した人物である。「成功は顔のおかげ」だと揶揄されることも少なくなかったが、Beenzinoが獲得した大衆人気が後の韓国におけるヒップホップブームの基盤となっていることは確かである。
そんなこんなで、11:11という名盤の発表(残念ながらApple MusicやSpotifyなど国内ストリーミングサイトでは未配信のため、視聴方法は非公式のYouTubeのみ)を経て、韓国ヒップホップ界でイリネアと聞けばなく子も黙るほどの存在にのし上がった。
一方で、「感性ヒップホップ」に代表される情緒的な韓国ヒップホップの歴史が消されてしまったことはイリネアレコーズの罪とも言えよう。今でこそ回帰する流れがあるが、2010年以前にも確かに存在していたのだ。
Jay Parkとの関係
今では上場企業とまでなったAOMGの創設者であり、現在は既にAOMGを退社したJay Parkことパク・ジェボムだが、イリネアレコーズへの編入を希望していたのは有名な話である。(また、それを受け入れず「自分でやるべきだ」とイリネア側が諭したのも有名な話である)
Jay Parkが2013年にAOMGを設立する以前は、Jay Parkも1LLIONAIREに所属していると勘違いされるほどに4人での活動が多かった。
Show Me The Moneyによる大衆人気の獲得
元々イリネアレコーズは大衆人気の高いBeenzinoを獲得していたが、Mnetで放送されたShow Me The Moneyへのプロデューサーとしての出演で大衆からの認識を確かなものとすると共に、韓国の大衆でのヒップホップ人気を確立した。
2014年に放送されたシーズン3では、大御所Vascoや新生気鋭のC Jamm、IRONが決勝に残る中、YG所属のアイドルラッパーであるBOBBYをプロデュースした。Dok2、The Quiettチームとしてイリネア代表曲の연결고리を歌わせフューチャリングも積極的に行うことで、アイドルラッパーへの風当たりが強い中でBOBBYを優勝者に押し上げたことで大衆での知名度も得た。
シーズン5でもDok2、The Quiettが出演し、シーズン6ではDok2が前述の通り関係の深いJay Parkと共にチームを組み出演した。シーズン7では後述するAMBITION MUSIK所属のCHANGMOと共にThe Quiettが出演し、韓国ヒップホップ界の盛り上げ役であるShow Me The Moneyへも大きく貢献している。
AMBITION MUSIKの設立
2016年9月29日にAMBITION MUSIKの設立を発表し、翌日30日から一人ずつ編入メンバーが発表され、KEEM HYOEUN、CHANGMO、Hash Swanの順に3名のメンバー構成が確定した。
KEEM HYOEUN、Hash SwanはケーブルテレビMnetで毎年夏に放送されているShow Me The Moneyで名を知らせたラッパーであり、イリネアレコーズがプロデューサーとして参加したシーズンも多く、特にKEEM HYOEUNはプログラム参加当時はDok2&The Quiettチームに所属していたため、イリネアレコーズと縁の深いラッパーだったといえる。
CHANGMOもShow Me The Moneyへの参加はしていたものの放送で取り上げられたことはほとんどなく、アンダーグラウンドを中心に活動していたダークホース的扱いの新生気鋭のラッパーであった。The Quiettとの個人的な親交からアンビションミュージックへの加入をしている。
The QuiettのAMBITION MUSIKへの肩入れ
イリネアレコーズ傘下レーベルであったAMBITION MUSIK(以下アンビションミュージック)に対するThe Quiettの肩入れが2019年末くらいから目立つようになった。
前述のようにイリネアレコーズと同じく設立の2016年から3人体制で3年間活動を行ってきたアンビションミュージックは、2019年11月21日のASH ISLANDの編入を角切りにプロデューサーとしてWay Ched、アーティストとしてLeellamarz、ZENE THE ZILLA、2021年にDON MALIK、2022年にPaul Blancoを新メンバーとして迎えた。(2024年にASH ISLANDとの契約が終了)
イリネアレコーズの解体後はアンビションミュージックは独立レーベルとなり、The Quiettが代表を務める。The QuiettはYumddaと共にDAYTONA ENTERTAINMENTという別レーベルも立ち上げており、自身のアーティスト活動時はデイトナ所属としていいる。
Dok2、Beenzinoの脱退報道
Dok2の脱退報道
2020年2月6日に設立メンバーであったDok2がイリネアレコーズを去ってからはThe QuiettとBeenzinoの二人体制となっていた活動に、終止符が打たれた。
設立メンバーであり、イリネアのカラーそのものだったDok2の脱退で、イリネアの解体に一歩近づいたことは明らかだった。
なお、Dok2は2019年11月にイリネアレコーズの共同代表を辞任していた上、アクセサリーの代金をめぐる金銭トラブルの報道も同時期に出ており、Dok2の脱退はファンに悲しみこそ与えたものの、あまり衝撃はなかった。
Beenzinoの脱退報道
同年7月2日にBeenzinoがイリネアレコーズとの再契約を結ばなかったとの現地報道が出た。この報道により、イリネアレコーズの終焉は誰もが予想するものとなった。
報道後、Beenzinoは自身のInstagramのアカウントのライブ配信にて、「報道内容が正しいとしても外部のニュースからではなく、自身の口から説明させてほしい」と語った。
1LLIONAIRE RECORDSの解体
Beenzinoのライブ配信の4日後である7月6日、イリネアレコーズそのものの解体という衝撃のニュースが飛びこんできたのだった。
解体の理由としては、イリネアレコーズが「レコード会社」ではなく、The Quiett、Dok2、Beenzinoの3人からなるグループとして世間から認識されている中、3人での新たな計画もなく新メンバー迎え入れも難しいと考え、解体を決意したとのこと。
Dok2脱退後、公式発表はイリネアレコーズの社員の整理が終了するまで延期予定であったが、情報が流出し先のBeenzino脱退説が報道されてしまったため、先に解体を発表することになった。Beenzinoの脱退でイリネアレコーズが解体した訳ではなく、イリネアの解体に伴ってBeenzinoが退社したという時系列である。
1LLIONAIRE SIGNS UP! (あとがき)
こうして韓国ヒップホップの一時代を築いた、伝説のイリネアレコーズの歴史の幕が閉じた。
Dok2、The QuiettはアンビションのメンバーやShow Me The Money参加者等、各所で多数の後進ラッパー達の育成をしてきた。イリネアを見てラッパーを志した者も多数いるだろう。
イリネアの名は韓国ヒップホップ界の歴史に刻まれ、その血は今をときめくアーティスト達に確実に受け継がれている。イリネアは終わっても、それを継ぐもの達の歴史は今後も続く。
イリネアレコーズよ、永遠なれ。1LLIONAIRE SIGNS UP!!