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なぜ海外に出たの?

なぜ海外に出たの?
 
知り合って5年になるアメリカ人の友人に突然聞かれてハッとした。
 
今をさかのぼることもはや20年前、初めて海外で一人で暮らし始めたその頃にはそれなりに大きな理由があったように思われるが、
もはやずいぶん昔の出来事過ぎて即答できるほどハッキリ答えが出なかったので
 
はて、なんでだったろうか…
 
と考えなすことにした2025年の幕開け。
  
今をさかのぼること数十年前、平成初期の日本はまだ昭和の名残もある縦社会だったと記憶している。これはコミュニティー毎、地域ごとに事情は異なるかと思われるので一様にワタクシが育った環境が日本の津々浦々に当てはまるとは毛頭思っていない。
 
しかし、ワタクシが育った環境はそれはそれは窮屈だった。
 
幼少期から引っ越しがやたら目ったら多いワタクシには、その土地その土地での異なる暗黙の了解なんて知る由もなく、皆が大切にしてきたそれらのくだらな…ゲホッ…神聖なる風習を余裕で無視する子供だった。ゆえに「新しく来た転校生がルールを破った!」という事で、いとも簡単にやり玉にあがるのであった。
 
「は?しらねーし。なに?キャッチボールしてて自分が拾ったボールを誰に渡せとか、なぜ、お前に指図されなきゃならんの?私がキャッチしたんだから私が投げるし」

「そもそも、誰が投げるとかを決めるとか、なぜあんたが決めるわけ?何の事情だか権限があるわけ?」
 
 
…そら、イジメられるだろう。
 
 
この辺をノラリクラリ出来りゃ日本社会でうまく順応で来たでしょうよ。

しかし、例えばあなたが今の感覚を持ち合わせたまま、大昔にタイムスリップしたとして、日照りを解消するために生贄をささげる必要があるとかわけの分からない風習に巻き込まれて生贄にされたらどんな気持ちだろうか?
 
 
…は?なにそれ?そんなんで日照り解消するわけないじゃん?
 
 
に、なりはしまいだろうか。

幼き日のワタクシにはそれらの暗黙の了解がその程度に見えていたんだろうなぁと思われる@遠い日の記憶ボンヤリ…
 
 
そんな中で暮らしていると、それらのコミュニティーで定められた、なんとなくの「学生像」とか「男性像」とかそういったものがどっさりあり、そこから外れる子は、なんとなく後ろ指をさされるような雰囲気があったのだが、そもそもそれに全く属することが出来ないゲイであるワタクシは「そうか、ワタクシは社会で受け入れられないんだ」と追い込まれて行ったのである。
 
 
これが中世のヨーロッパならきっとワタクシは魔女狩りで火あぶりになっていたことであろう。
 
 
いや、もちろん、この辺の見えないカーストに暗黙の了解は海外にだってあるでしょうよ。
けど、海外に出てよかったなと思ったことは
 
その1,現地の人達に迷惑をかけない限り、何らかの小さな風習を破ってしまっても「あ、彼は外国人だからね」がある程度免罪符になる

その2,いろんな国の色んなバックグラウンドの人と話すことで、世界がだだっ広く、あんな小さな町内会のコミュニティで否定されただのなんだの…そんな小さなものにしがみついて生きていることがクソほどどうでもいい事だったのだと再認識できる
 
ということである。
 
ゲイだと悟った15歳の少年には、その当時、自分は存在してはいけない、間違えて生まれてきた人間で、きっと悲惨でみすぼらしい末路をたどるのだろうと恐怖のどん底にいた。。。。と思う。
 
あれから数十年、シドニーに身を置いたワタクシが年末年始に招待されたのは、アジア人と白人のゲイカップルのホームパーティー。二人は連れ添って25年、今じゃ結婚をし、海の見えるきれいな家で、男の子1人、女の子1人の2人の子供を育て幸せそうに暮らしている。近所の人や子供を集めたそのパーティー…そういう人たちが当然の様に存在し、当然のように共存し、一緒に社会を築いている様は、絶望を感じて育ったワタクシには、まだまだカオスに見えるのではあるが、そんな若かりし頃のワタクシの数十年後のタイムラインにこういう将来があることは想像すらできなかった。
 
かたや、ワタクシが育った日本のあの街では2025年現在もこんなことは未だ受け入れられていないだろうなぁと思うと…やはりワタクシは海外に出て正解だったんだなぁと思う。
 
現在ロンドンに暮らすワタクシのメンター兼友人であるN子は「刷り込みは破るために与えられる」とワタクシに教えた。

まだまだ「いかんいかん、これは刷り込みだなぁ」と思う局面は多くあるのであるが、せっかく海外に暮らしているのであるから、それらの刷り込みをぶち破って行こうと思う2025年の幕開けなのであった。

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