地元、大切にしてますか?
みなさん、自分の地元、大切にしていますか?
何を持って地元というか、これは難しい。
生まれた場所なのか、実家のあるところなのか、生まれ育った土地なのか。
人によって地元の定義は多種多様で、これを一括りに定義するのはきっとナンセンスだろう。
これを書いている自分自身、出自があやふやで、地元がどこかと聞かれるとざっくりと広い範囲で答えてしまう。
「この街って知ってますか?」「ああ、地元だよ。」
「じゃあ隣のこの街は?」「そこも地元だよ。」
「え?じゃあこの街は?」「地元といっても過言ではないね。」
といった具合で、自分にとって青春時代を過ごした街は全て地元になってしまう。
それでもきっと、あなたが過ごしてきた街の中で、ここが一番好きだなあと思えるところがあるかもしれない。今回はそんなところを地元として考えながら読んでほしい。
今日は、そんな地元に対する愛について語りたい。
自分自身の話をすると、東京生まれ、千葉県北西部育ちである。
某鼻息の荒いシマウマさんのように悪そうなやつはだいたい友達かというと、全くそんなことはない。
ずっと過ごしてきた千葉県北西部の中でも、自分は成田という街を愛している。今はまだ、片思いだが、そのうち両思いになれればいいなと考えている。では、なぜ成田の街が好きなのか、それは俺自身が成田の魅力に気づき、携わってきたからだと思う。
今回は、その事については端折るが、過去のノートに書いてあるので、是非読んでくださいね、なんて。
勝手に引用させていただくが、ジモコロ編集長の柿次郎さんが面白いことを言っていた。
「僕には『何も無い呪い』って持論があるんですけど」「自分の生まれ育った街が好きじゃ無いって若い子に地方で会うんですよね。」その原因のひとつに、親が『この街には何もないから』っていうのを聴いて育ったからじゃ無いかと・・・・・・」
(引用元:https://www.e-aidem.com/ch/jimocoro/entry/kakijiro35/2/#article)
この言葉を読んだ時、頭の中に「なるほどな」の洪水が起きた。「な」のクルンとしたところに「る」のクルンとしたところが絡まって知恵の輪みたいになっていた。
確かに、千葉県の片田舎に住んでいたはずの自分の周りの友人や知人のほとんどは、東京というコンクリートジャングルに憧れ、おら東京さいくだ、銭こさためてべこ買うだと青っ洟を垂らしながら総武線に乗って出て行ってしまった。
これは千葉県民特有の東京に対する強い憧れと、地元には『何も無いの呪い』にかかったことが要因では無いだろうか。
千葉県は東京のベッドタウンとしての役割があり、親世代の転勤が理由で千葉に住んでいる若者は多い。そして、親世代は転勤でやってきているため、その土地に馴染みが薄く、また、土地を知ろうとする時間や、古くから住む人との関わりも中々取れないのでは無い。
そうなると、親世代はその土地の魅力を知ることができず、それが子供に伝染する。これが千葉県民が大都会東京にこぞって居場所を求める理由では無いか。
地元を離れてしまった人々、それから地元には何も無いから好きでは無いという人々に言いたい。
もう一回、地元に触れてみませんか?
子供の頃、それから主には思春期の頃、あなたが「何も無い」と感じた地元は本当に何も無いのだろうか。今だからこそ感じる魅力があるかもしれないし、触れてこなかったものに触れようとすると、意外な魅力が見つかるかもしれない。昔からやってて、今も残る街の中華屋さんでも、昔は微塵も魅力を感じなかった歴史的建造物でも、街に一人や二人はいる名物おじさんでも何でもいい。地元人にしかピンとこないような団子や饅頭が他所の人には涙が出るほど美味しく感じるかもしれない。ひとつ、あなたが魅力を感じるものを見つけてほしい。それがきっと地元を再認識するきっかけになるだろうから。
そして、気がついた地元の良き所を、是非、東京で牛を買おうと頑張っている地元の仲間に伝えてほしい。
あなたの地元にはテレビやラジオどころか、素晴らしいものがいっぱいあるのだから。
おら、こんな村…大好きだ!と胸を張っていえる、そんな人が増えることを切に願う。