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常識が通じない国へ―エジプトで見つけた新しい価値観

あなたは人生観が変わる瞬間を体験したことがありますか。
日々の生活の中で、何かが大きく変わる瞬間はそう多くありません。

思いがけず初の1人海外でエジプトに行った経験は間違いなく私の価値観を根本から揺さぶりました。

新しいことに挑戦したいけど、一歩踏み出せずにいる人
自分の価値観や考え方を広げたいと思っている人
一人旅や海外旅行に興味はあるけど、不安で迷っている人

そんなあなたに、私がエジプトで経験した「価値観がぶっ壊れた瞬間」を共有できればと思います。少し長いですがお付き合いいただけると幸いです。


1.想定外な旅の始まり

大前提、私自身は海外に行くことに対して
ハードルの高いタイプでした。典型的な日本人で、
「海外=危険」「言葉が通じないのが不安」
といった理由から、積極的に海外へ行きたいとは思っていませんでした。

友人と「せっかくの卒業旅行だから、今までで一番刺激的な場所に行こう!」という話になり、最終的に友人の「ピラミッド見たくない?」という一言で、エジプト行きが決まりました。

ピラミッドやスフィンクスは歴史的には非常に魅力的。
でも治安の問題や隣国イスラエルの内戦を考えると、躊躇する気持ちも大きかったです。

でも、そんな不安も友人の存在がかき消してくれました。というのも、その友人は海外経験が豊富で、世界中を旅していました。
だから、航空券の手配や現地の宿泊先、移動手段に至るまで、ほとんど何も準備をしなかったんです。言ってしまえば、友人に丸投げしていたわけです。

ところが、出発が近づいてきたある日、友人が突然こんなことを言い出しました。

「俺、先にヨーロッパに寄り道してからエジプトで合流しようと思ってるんだよね。」

……正直、焦りました。不安はあったものの
「ここで行かなかったら、ずっと変われないままだ。」
自分の弱さに向き合うチャンスかもしれない。そう考えて、思いがけず1人でエジプトに行くことになりました。

そして、この時はまさか友人の飛行機が遅延し、エジプトで丸二日間を完全に一人で過ごすことになるなんて、夢にも思っていませんでした。

2.エジプト到着

なんとかカイロの空港に一人で到着しました。初めての中東の空気。空港の中はざわざわしていて、見たこともない文字が並び、現地の人々の視線を感じました。

空港の外に出た瞬間、現地のタクシー運転手がしつこく話しかけてきます。
「タクシー?」「どこ行く?」「安くしてあげるよ」

私はぼったくりという概念を知らないので「なんて優しい人たちなんだ」と感心しながら言われるがままにタクシーに乗りました。

窓の外には見たこともない景色が流れていきます。砂埃舞う道路、クラクションが鳴り響く車の列、道端に座り込む人々など全てが異世界でした。
車線なんて存在しないような交通ルール、道端には動物がいて、それでも、どこかエネルギーを感じました。

タクシーからの景色

目的地は決めてませんでした。
ホテルを予約していないどころか、観光地もピラミッドくらいしか知らなかったです。
とりあえずカイロの街を散策しようと思い、タクシーの運転手に一番面白い場所を聞くとハンハリーリ(Khan el-Khalili)という場所に案内されました。

そしてたどり着いた場所は、まさにカオスそのものでした。

3.カイロの心臓部へ、市場で感じた混沌と魅力

ハンハリーリ市場(Khan el-Khalili)

タクシーから降り立った瞬間、空気感に圧倒されました。

まず目に飛び込んできたのは、ゴミが散乱する道端と、今にも崩れそうな石造りの建物。建物の壁はひび割れ、埃まみれで、日本の整然とした街並みとはまるで別世界。整備された道もなければ、キレイな景観もない。ただ、そこには生々しいリアルな生活感歴史の重みが存在していました。

まるで何百年も前にタイムスリップしたような感覚。時が止まったような古びた街並みの中で、人々はごく当たり前のように生活している。

そして、歩き出すとすぐに、100%視線を感じる

周囲の人々が私の存在に気づき、じっと見てくる。観光客に慣れているとはいえ、見知らぬ東洋人の私がここを歩いているのは珍しいのかもしれません。その視線に、少しの好奇心と商売っ気、そして警戒心のようなものが混ざっているように感じました。

さらに、道端には野良犬たちが群れをなして歩き回っている
1匹や2匹ではなく、時にはこちらに向かって吠えたり、追いかけてきたりする。日本のように管理された環境では考えられない光景に、思わず足がすくみました。

怖さと緊張感がある一方で、心の奥底から「本当にエジプトに来たんだ」という実感が込み上げてきました。

異国の地の空気、雑踏、人々のエネルギー、それらが一気に押し寄せ、感動が胸に広がっていきました。

ここは観光パンフレットに載っているような「整えられたエジプト」じゃない。リアルで、剥き出しのエジプト

この瞬間、私はようやく「旅が始まったんだ」と、心から実感したのです。

最初に話しかけてきた親子
路地
何かを作るおじさん Part 1
何かを作るおじさん Part 2

特に驚いたのは、人と人との距離の近さです。道の隅でお茶を飲みながら談笑する人々、客と商人が冗談交じりに値段交渉をしている姿、知らない者同士が自然に会話を始める光景はまるで家族や友人のように、誰もが気負わずに繋がっているように見えました。

案内人

ハンハリーリ市場で出会った現地のおじさんは、とても親切でした。道に迷っていた私に声をかけてくれて、観光客がなかなか行かないような地元の隠れたスポットまで案内してくれたんです。市場の奥にある歴史あるカフェや、美しい雑貨店、そして活気に満ちた広場まで、まるで友達のように色々な場所を見せてくれました。

「なんて優しい人なんだろう」

でも、ふと頭をよぎったのが「これって詐欺なんじゃないか?」という不安でした。あまりにも自然で親切すぎて、逆に疑ってしまう自分がいました。日本では見知らぬ人がここまで親切にしてくれることは滅多にないからです。

案内がひと段落した頃、僕が「そろそろ帰るよ」と伝えると、彼は突然、
お金を要求してきました。

「チップをくれ。」

ああ、やっぱりそうか。正直、無料じゃないだろうとは思っていました。
でも、どこまでが善意で、どこからがビジネスなのか、その境界線がわからなくなっていました。

相場も分からず、どうすればいいか迷った結果、3000円ほど(現地通貨で支払い)を渡しました。すると、彼はとんでもないくらいに喜んだんです。

「ありがとう!君は本当にいい奴だ!」
その反応を見て、心のどこかでこう思いました。

「もしかして、相場より相当高い金額を渡してしまったのかもしれない。」
でも、不思議と後悔はありませんでした。
それだけの価値ある体験だったし、彼の親切にも助けられた。
でも、これがエジプトの「当たり前」なのか?と文化の違いに戸惑ったのも事実です。

4.日本の当たり前が通用しないカオスな世界

その後、やっとのことでホテルを予約し、タクシーに乗りました。
しかし、カイロの街は、私がこれまでに知っていた常識とはまるで別世界でした。

• 交通ルール?そんなものは存在しない。
車線はあってないようなもの。クラクションが鳴り響き、車がギリギリですれ違う。信号もほとんどない。歩いて道路を渡るのはまさに命懸け。

• タクシーの窓から突然、物乞いが手を伸ばしてくる。
信号待ちの間に、窓ガラス越しにお金を求めてくる子どもたちや大人たち。

・ 善人の仮面を被った詐欺師
街を歩いていると、また別の現地の人が声をかけてきました。
今度は、「家に遊びに来ないか?」と。
好奇心もあってついていったのですが、結果的にほぼ強制的に謎の絵を購入
させられる羽目になりました。断る勇気もなく、押し切られてしまいました。

  • ぼったくりのフルコース体験
    ピラミッド観光
    ではまさにぼったくりの嵐でした。(アジア人1人というのも大きい)
    ・チケット売り場の列をスキップするためのチップを要求
    ・望遠レンズの持ち込みに別途料金を請求された(おそらく嘘)
    • 写真を撮ってあげると言われたのに、終わった後に高額なチップを要求されたり。
    • ラクダに乗るように勧められ、降りた途端に法外な料金を請求されたり(2分くらいしか乗ってない)
    • 現地の商人たちが、商品を無理やり押し付けてきては、買わざるを得ない雰囲気にさせられる。

気がつけば、エジプトで持っていた現金がすべて消えていた。
これは事前に何も調べず、ぼったくりという概念を持たずにこの国に来てしまった自分が悪い。

ぼったくり天国・ピラミッド

5.価値観が崩れた瞬間

これらの体験は、「人を信じること」と「自己防衛」のバランスの難しさを痛感させられました。

エジプトの人たちは本当に温かくて親切でした。でも、その裏には商売の感覚お金に対するシビアさも混ざっていて、どこまでが善意でどこからがビジネスなのか、見極めるのが本当に難しかった。

「助け合いの精神」が根付いている一方で、「生きるためには必死」という現実もある。

日本では、曖昧な親切心や曖昧な商売は少ないけれど、エジプトではそれが日常です。この文化の違いを、僕は肌で痛感しました。

でも、その混沌とした世界で、「こういう生き方もある」と強く思いました。

先進国のように整った環境が全てではない。 効率や安全性よりも、人間らしさや生きる力

困っている人がいれば助ける。
でも、それが商売になることもある。

その人間みというものが、エジプトらしいと感じたし、僕自身がどこかで「人との距離感」を気にしすぎていたことにも気づかされました。

カイロでの出会い

6.旅の終わりに感じたこと

エジプトでの経験は、決して快適なものではなかったけれど、確実に私の価値観を壊してくれました。人を疑いすぎるのもダメだけど、全てを信じるのも違う。 そんな絶妙なバランス感覚を、エジプトで学びました。

ぼったくりや強引な商売、治安の不安定さなど、日本では考えられないような出来事に巻き込まれ、財布が空になるほどの洗礼を受けたのも事実です。けれど、その一方で、エジプトの人々の温かさ人懐っこさには、心から感動しました。

迷っていたら助けてくれる人がいて、道端で会っただけの僕に声をかけてくれる。善意と商売の境界線が曖昧で戸惑うこともありましたが、人と人との距離がとても近く、誰もがフレンドリーであるこの国民性は、心から素晴らしいと感じました。

元気な子供たち

そして、強く思ったのは
「日本だけが世界じゃない。」
「世界は、想像以上に広くて多様だ。」
これまで日本という枠の中で生きてきた私にとって、エジプトでの体験は、自分がどれほど狭い世界しか見ていなかったのかを思い知らされるものでした。

カメラ = 世界共通言語

文化も価値観も、生活の仕方も、全てが違う。だけど、その違いこそが面白くて、刺激的で、時には自分を成長させてくれる。世界には、私がまだ知らない無数の生き方や考え方があるのだと、エジプトが教えてくれました。

今回の旅は、そんな自分の枠を壊してくれる旅でした。

どんなに不安でも、怖くても、一歩踏み出した先にはきっと新しい景色が待っています。エジプトでの経験は、これからの私の人生にとってかけがえのない財産になりました。

だからこそ、今迷っているあなたにも伝えたい。

「不安でも、迷っても、その一歩を踏み出してみてほしい。」
「日本だけじゃない。世界は、想像以上に広くて面白い。」

きっと、あなたの世界も大きく変わるはずです。


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