見出し画像

DXの道 第9話「事務所内DXチャレンジ(後編)」

【初出:月刊JASTPRO 2022年9月号(第520号)】

前回に続き、当協会事務所におけるDXチャレンジをご紹介していきます。目指すのは、書類電子化の仕組みづくりやデータの活用を通じた業務変革。そのために、システム連携が容易なプラットフォームを採用して変化に強いシステムを自分たちで作る。これを羅針盤として、まずは「システム間連携が出来る」「ノーコード/ローコードプラットフォーム」を選定し、導入にこぎつけました。

まずは自分の仕事から

最初に取り組んだのは筆者自身が担当する「IT関連情報」をシステム化することでした。管理する対象がごく少数であれば表計算ソフトでも対応できそうですが、筆者の経験上、利用している機器やシステム、ユーザーの数が二桁になったら、なんらかのツールを利用したほうが良いと感じています。その数が数百にも及ぶのであればなんらかの専用ツールを使うべきですが、当協会のように「表計算ソフトではしんどいけど、高価な専用ツールを使うほどではない」という場合、こういったプラットフォームは大変重宝します。

というわけで、早速事務所内のパソコンや複合機、サーバーや通信機器、利用システムやアカウント情報などをリストアップ。所内に点在する紙書類をひっくり返して必要な情報を探り、情報がなければ機器本体を見てシリアル番号やリース期限などをすべて目視確認。そのあとはツール上で入力フォームや一覧表の設定を準備し、データを入力して完了です。これで、今事務所にある機器やシステムの情報が可視化されました。「この機器、もうすぐリース切れてしまうのを忘れていた、どうしよう!」「このシステムの保守契約どうなっている?」といった、きちんと管理しておけばなんてことないけど、そうでない場合にあたふたして仕事に影響するマイナス要因を無事排除できました。小さなことですが、こういうところをしっかり押さえておくことで日々の生産性は大きく違ってきます。

職人技の悲劇

ここで少し昔ばなしを。小規模な組織において、かつてシステムを自前で作るときは、表計算ソフトと同じパッケージに含まれるデータベースソフトを使うという手軽で便利な手段がありました。このやり方、「その気になれば」かなり高度なシステムを比較的容易に作れます。

ただ、職人技を駆使しまくった仕組みを作ってしまった結果、環境の変化に対応するための変更が難しかったり、そもそも作った人しか手直しできなかったりするという悲劇が起きるようになってしまいました。筆者もかつては「退職してしまった人が残したシステムが上手く動かない。どうにかして」という悲痛なヘルプを受けて対応したことが何度もあります。おおよそはどうにかできたのですが、残念ながらどうにもできなかったことや、思い切って一から作り直したこともありました。

悲劇を防ぐ

実は、「ノーコード/ローコードプラットフォーム」にも同じ問題が起きる可能性があります。表計算ソフトやデータベースソフトよりも容易にシステムづくりが出来てしまうため、変にのめりこんで独自の仕組みをどんどん入れていくと、また「その人しかわからない」仕組みが出来上がってしまうわけです。今回は、そういった悲劇を防ぐため、このツールを使うにあたり二つのルールを導入することにしました。

一つ目は、作りこみ過ぎないこと。まずは標準機能を出来るだけ活用し、どうしても必要な機能を追加したい場合は市販されている(つまりある程度普及していて、サポートも期待できる)追加パッケージを導入するようにします。今回採用したプラットフォームには、スマートフォンに好みのアプリをインストールするのと似た感じで機能追加する仕組みが用意されています。また、そうした追加機能をパッケージ化して販売するというエコシステムが出来上がっているため、必要な機能だけを購入して導入できます。これにより、独自に作りこむことなく機能を追加でき、職人技の悲劇を避けられるというわけです。

二つ目は、仕組みづくりに関与できる人をある程度制限すること。これはツールの浸透度合いによって柔軟に変えていくべき要素ですが、最初は少人数でのスモールスタートで進めることにしています。この点はツールの基本機能で「開発者」「利用者」といったアクセス権限が自由に設定できるため、「決めたルールは厳守。ただしルール自体は状況に合わせて変化させていく」が実現できそうです。

ひとりでがんばらない

話を協会内でのツール導入に戻します。自身の仕事を一部ではあるもののシステム化して省力化できたおかげで、他チームの状況に目を向ける余裕ができました。ちょうどこのころ、筆者よりさらに若手となる職員が入職してきました。システム作りを通じて効率化する活動に興味津々だったので、これ幸いと一緒に取り組むことに。自身の本業を覚えてもらうことを最優先にしつつ、空き時間を利用して少しずつツールの使い方や仕組みの作り方をレクチャーしていきます。

必要な機能を自分で作ったり使ったりしてみることで「すごい!便利!」と感じられるサイクルを手軽に素早く実現できるというのは、こういったツールの醍醐味です。うっかりすると本業を差しおいて熱中してしまいかねない楽しさがあるので、そこは気をつけないといけませんが。

桁違いの効率化

さて、若手の勉強も兼ねて始めたのは、皆様にご愛読いただいている月刊誌の発送作業プロセスの改善です。改めて調べると、当時の作業手順は以下のような感じでした。

  1.  表計算ソフトで作成された前回の発送先一覧に、新規や停止分など最新の情報を入力して最新版を作成して保存する

  2. 表計算ソフトとワープロソフトを組み合わせた差し込み印刷を作成する

  3. レイアウトを微調整してラベルを印刷

詳しく見てみます。(1)の工程では前回利用した一覧表をコピーして別のファイルを作成している様子。これだと、(2)の工程にある差し込み印刷の設定を毎回しないといけません。さらに、長年にわたってファイルのコピーを繰り返してしまった結果、本当に正しい情報がどれなのか分かりづらく、ファイルの比較と確認にかなりの時間がかかっていた模様。そのため、下手をするとラベルを完成させるまでに半日くらいかかってしまうこともあるということでした。

DXの観点から言えば、そもそも情報発信の手段として、月刊誌というやり方が今この時代に最適なのか、その再検討から始めるべきかもしれません。とはいえそれを言っているとなかなか事が進まないので、まずはやってみること。むしろこの作業を効率化することで生まれた余裕を使って、そういった根本的なことをしっかりと考えれば良いのです。

ということで、発送先一覧と発送ラベル印刷の仕組みを準備して、両者を連携させる仕組みを作ってみました。これにより、普段から月刊誌発送の新規受付や停止などの情報をリアルタイムに更新しておけば、あとは数回のクリックでラベルが作成できるようになりました。作業時間を比べると「半日(数時間)」から「数分」。文字通り桁違いの工数削減効果を得られました。

大きなシステムの「サブ」システム

事例をもう一つ。本連載で以前ご紹介したとおり、当協会が発給しているJASTPROコードの管理システムがこの春に刷新されたことで、コード管理業務の効率は飛躍的に向上しました。とはいえ、新システムは安定稼働とお客様の使い勝手を最優先させたため、実装をあきらめた機能がありました。それらは主に部門内での手作業で対応できるところが中心です。そこで、今回採用したプラットフォームを利用して、あきらめた機能を少しずつ付け加えていくことにしました。

例えば、JASTPROコードの登録完了時、あるいは更新期限をご案内する際にハガキをお送りしています。以前は外注していた作業ですが、今回のシステム刷新に合わせて内部対応に切り替えることでコスト削減をはかりました。しかしながら、現在のやり方だと「作業できなくはないし、詳しい人なら技を駆使して効率化できそうだけど、そのせいでいずれ作業が属人化されてしまうかもしれない」という悩ましい状況。そこで、先にご紹介した月刊誌発送ラベル作成の仕組みを応用して、数回のクリックでハガキ印刷が出来るツールを用意してみました。

これ以外にも、システムで対応できない案件の場合に手書きで作成していた領収証も自動生成する仕組みを用意。同じツールを使っているので、どの作業も手順がほとんど同じです。これはとても効果的なことで、ある作業手順を覚えると、その時点でこのツール上に存在する他の仕組みも使いこなせるようになります。「ツールを使って効率的になる」→「他のツールも使えてさらに効率アップ」という好ましいルートが出来つつあると言えるでしょう。

DXに欠かせない姿勢

この先、ツールを使い込んだ職員から「この業務を効率化したい!」「こういうやり方ならツールに実装できる?」といったアイデアが出てくればもうけものです。さらにその先、「アイデアを考えたので自分でやってみます!」「作ってみたけどどう?」という流れになれば最高でしょう。ここまで来れば、あとは「職人技の悲劇」を防ぐためのルールをしっかり守るだけで、事務所におけるDXのサイクルは自律的に回っていくようになるはずです。

自ら手を動かし、作ってみる、使ってみる、失敗したら上手くいくまでやり直す。システムの内製は、DXに欠かせないこの姿勢を醸成しつつ、自分たちの業務に新しい価値を作り上げていけるという、一石二鳥のアプローチであると言えるでしょう。(つづく)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?