CEFACTニュースピックアップ(2) ―国連新プロジェクト 貿易費用削減と競争力強化のためブロックチェーンを活用―
今回は、ブロックチェーン技術に関する記事を取り上げます。国連CEFACTとその上位組織である国連ECEは、貿易業界におけるブロックチェーンの応用によって得られる恩恵や、一方で環境整備が不足した場合に運用が上手くいかなくなるであろうことをよく意識しています。そこで、こういった環境整備や運用に伴う課題を克服し、ブロックチェーンがもたらす恩恵を享受するため、ECEとCEFACTは他の国連組織と手を組んで、パイロット国として選ばれた5か国における様々な領域での取り組みを強化します。
ここでは、このプロジェクトの概要と、一つのユースケースをご紹介します。
※ 原文トピックのタイトルは「The United Nations launch a new project to cut trade costs and boost competitiveness through blockchain」で、以下のURLよりご覧いただけます。https://unece.org/media/trade/uncefact/news/369256
記事の冒頭では、ブロックチェーン技術の貿易におけるメリットが以下のように紹介されています。
ここで、まずはブロックチェーンとは何か?について、少し長くなりますが触れておきたいと思います。一般社団法人 日本ブロックチェーン協会によると、広義のブロックチェーンは「電子署名とハッシュポインタを使用し改竄検出が容易なデータ構造を持ち、且つ、当該データをネットワーク上に分散する多数のノード(ネットワーク上でブロックチェーンシステムに接続しているコンピュータのこと)に保持させることで、高可用性及びデータ同一性等を実現する技術」[1]であると定義されています。つまり、①ブロックチェーンには中央で管理する機関や、信頼できる第三者機関(TTP: Trusted Third Party)が存在せず、データをブロックチェーンのユーザー(ノード)に分散して、②電子署名とハッシュ値をデータに付与することを特徴とする技術です。
この説明は確かにブロックチェーンとは何なのかを端的に表現していますが、端的過ぎてピンとこない印象があります。そこで、貿易の世界を例に、上記に挙げられたブロックチェーンの特徴がどのように貿易を促進するか見てみましょう。
一般的なデータベースシステムは、中央集権的な仕組みによってデータの記録・保存や管理が行われます。ここには二つの欠点が存在します。一つ目は、もしその仕組みが何らかの理由でダウンしたら、システムそのものがダウンしてしまうことです。システムにアクセスできなくなるだけでなく、データが壊れ、失われてしまう可能性もあります。二つ目は、仕組みの管理者に悪意があれば、勝手にデータを改ざんしたり、削除したりすることができます。法的手段によって管理者の責任を追及出来るかも知れませんが、変更もしくは抹消されたデータは必ず復元できるとは言い切れないので、利用者に大きな損失をもたらすことがあります[参考ページ(外部サイト)]。
一方、ブロックチェーンは分散系システムであることが特徴で、中央集権的な仕組みは基本的に存在せず、システムに参加するノードすべてがデータ履歴をコピーし続けます。そのため、一部のノードが故障しても、システム全体には影響がなく、稼働を継続できます。さらに、すべてのノードが常にデータ記録の情報を同期して相互参照するため、データを改ざんしたり破壊したりすることへのコストが非常に高くなるよう設計されています。
ハッシュとは、任意の長さの文字列(正確にはビット列ですが便宜上文字列と表現します)から、規則性のない固定長の文字列を生成する手順であるハッシュ関数と、その計算結果であるハッシュ値から構成される技術のことです。
ハッシュ値の特性は、どんな長さの文字列であっても規則性のない固定長として計算できること、そしてその結果が基本的にユニークであることです。同じ文字列の計算結果は、必ず同一のハッシュ値となります。計算元の文字列のたとえ1文字だけが違っても、全く異なるハッシュ値が出力されます。この二つの特徴により、ハッシュ値はいわば元データの身分証明番号として機能します。元データを少し変更しただけでも異なるハッシュ値が生成されるため、ノードによる相互参照ですぐに検出されることになります。
ブロックはタイムスタンプ、データ、(そのブロックのデータでなく)前のブロックにあるデータのハッシュ値から構成されます。その前のブロックのハッシュ値が次のブロックにも利用され、チェーンが作られた最初のデータから一番新しいデータまでをあたかも鎖のようにして履歴が記録されていきます。先に説明した分散型であるという特徴と、ハッシュ値によるデータの真実性に、チェーン構成による過去履歴改ざんの困難さが付け加えられることで、透明性とトレサビリティの高いシステムになるわけです。
貿易手続きや製品、特に安全性が非常に重要な食品などは透明性とトレサビリティの確保が非常に重要であり、ブロックチェーンの利用価値は非常に高い価値を持つと考えられます 。ブロックチェーンによってデータを不正な行為から守り、取引やデータ交換などのアクティビティが漏れなく記録され、かつその取引履歴が追跡可能であるという特徴を生かすことができます。例えば、ある製品はどこで材料の調達を行ったか、どこの工場でどのように製造されたか、どのルートで輸出入されたか等のサプライチェーンでの情報と履歴が、ブロックチェーンを利用することで追跡でき、誰にでも見られるようになります。
ここまでで理解いただいたブロックチェーンの性質や貿易分野での活用可能性を踏まえ、記事本文をさらに見ていきましょう。
ブロックチェーンは活用価値が高い技術ではあるものの、その価値を貿易業界で存分に享受するためにはいくつかの課題があると説明されています。特に、Tuerk氏が述べる中にある「デジタルデバイド(情報格差)」は大きなチャレンジと言えるでしょう。
パンデミック以来、生活の利便性低下や社会機能の停止を防ぐため、多くの人々がますますインターネットに頼るようになりました。信頼性が高く高速なインターネットに低いコストで接続できる人は、教育やヘルスケア、ショッピング、エンタテインメントなどにアクセスでき、リアル世界での人との接触を最小限にしながらもある程度の需要を満たすことが可能です。
しかし、世の中のすべての人が信頼性が高く高速かつ低コストなインターネットを利用できているわけではありません。世界人口の95%がモバイルブロードバンドネットワーク以内に住んでいるにもかかわらず[3]、2021年の統計によると、世界人口の約3分の1(約29億人)はいまだにインターネットに接続していません[4]。そのうち、約17億人がアジア太平洋(特に中国とインド)、約7億3800万人がアフリカに住んでいます[5]。パンデミックにより学校が閉鎖となり、自宅でインターネットにアクセスできないので、勉強ができなくなった児童及び25歳以下の若者が22億人もいます[6]。
さらには、インターネットに接続していても知識や技術の不足によって機器やサービスを充分に使い切れないなどの課題もあるでしょう[7]。
Tuerk氏は以下のように続けています。
こういった課題への取組について、記事本文のブロックチェーン活用プロジェクトを抜粋して紹介します。
記事本文で言及されている「関連勧告」というのは、国連CEFACT第46号「衣料と履物セクターの持続可能なバリューチェーンのトレサビリティや透明性の向上」を指しています[8]。
衣料と履物セクターは環境と人権問題に深く関わっています。まず、CEFACTによればこのセクターは環境汚染の度合いが一番高い産業の一つです。パリ条約から提出された温室効果ガスの排出を削減して、地球温度の上昇を摂氏1.5度以内に抑えるという目標において、このセクターは重要な役割を担っています。また、衣料と履物(例えば服や靴)がどこでどのように作られていたかが不明確で、かつ生産過程において労働者の搾取が発生していたとしても、その情報が追跡可能でなければ証明することは困難になります。同じように、業者が自分の商品がサステナビリティ(持続可能性)に配慮した製品であることを主張し、ブランドの持続的価値と倫理的価値をアピールしたくても非常に困難です。したがって、トレサビリティと透明性の向上はこの産業の最優先課題とみなされています。サプライチェーンにおけるトレサビリティの確保によって、生産者やブランドが信用性の高い情報を手に入れ、規制機関や政府、消費者へ提供することが可能になります。
この勧告はバリューチェーンで資源と製品、過程をトラックとトレースするための情報を収集と伝達する方法を業者へ提供しています。その方法とは、調和され、国際レベルで合意されたプラクティスになります。収集できる情報も、すべての施設からバリューチェーンに参加する関係者のサステナビリティに関わる能力に関する情報がカバーされます。これによって、政府や業界関連者、消費者、他の関係者が、リスクをサステナビリティ情報の非対称性の克服、意思疎通、サステナビリティに関する説明責任の実現、そして責任のある事業活動に導くビジネスモデルを支える仕組みを確立します。
最後に、UNECEが発行している「貿易促進におけるブロックチェーンのホワイトペーパー」についてもご紹介します。このホワイトペーパーは、ブロックチェーンの歴史と仕組み、応用の注意点などの基本知識から、サプライチェーンの透明性、海運、道路輸送、農業・漁業・食品貿易、エネルギー貿易、金融、行政サービス、ヘルスケア、ツーリズム、音楽・美術、10つのセクターにおける活用可能性が紹介されています。詳しく知りたい方は、UNECEのサイトからダウンロードして内容をご確認ください。
https://unece.org/DAM/trade/Publications/ECE-TRADE-457E_WPBlockchainTF.pdf
ブロックチェーンは、暗号通貨を実装する手段として生まれたため、ブロックチェーン=暗号通貨と誤解を持っている人が少なくありませんが、ブロックチェーンはあくまで暗号化技術に基づいた分散型台帳という技術の総称であり、その活用範囲は暗号通貨にとどまるものではありません。かつての熱狂的な投機対象となっていた時期も過ぎ去り、現実的なツールとしての活用がさまざまな業界で始まっています。貿易やサプライチェーン業界も例外ではありません。現時点では技術や法的環境の整備などの課題が山積していますが、解決できないわけではありません。政府と民間セクター、国際機関が協力し合い、一歩一歩確実に取り組んでいれば、貿易の世界がブロックチェーンによって劇的に進化する可能性もあるでしょう。当協会も、UNCEFACTにおけるブロックチェーンに関する取り組みを注視し、貿易円滑化に向けたブロックチェーン活用に貢献して参ります。