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【コラム】 新型コロナ対策:想定死者数の公開是非の議論をめぐって 〜科学の助言と政策決定のよりよい連携の機会に〜

<感染拡大防止のコミュニケーション>, <コラム> 15th. April 2020
 小出重幸氏(日本科学技術ジャーナリスト会議理事、元読売新聞編集委員)によるコラムです。

予測死者数は、なぜ公開されていなかったのか

 4月15日、厚生労働省の新型コロナウイルス・クラスター対策班の専門家は、人と人との接触を減らすなどの対策をまったく取らなかった場合、日本国内で41万8千人が死亡する可能性があると指摘しました。重篤な患者は85万人を超え、その49%が死亡するという衝撃的な予測です。

「予測死者数」が日本で公表されたのは初めてで、たどり着くまでには、科学者(専門家)と行政のせめぎあいがありました。

 取材のきかっけは、素粒子物理学者で米国・カリフォルニア大学バークレー校教授の村山斉さん(前東京大学カブリ数物連携宇宙研究機構長)からいただいた疑問でした。村山さんはサンフランシスコ郊外の自宅で、感染症から自己隔離中。連日、世界や日本の報道、政府の動きを見ながら、こう首を傾げました。

 “各国政府の発表する、新型コロナウイルス感染数理予測には、それぞれ死亡者の予測数値が示されているのに、なぜ日本の発表にはその数字が見あたらないのか? 「何もしないと日本ではこれだけ死者が出ます」と言われた方が、深刻さが伝わる気がしますが……。”

 確かに国外のニュースでは日本の予測死者数に関して、米国・ブルッキングス研究所の予測(死者は12万7000人から最大57万人)の報告がYahoo News(3月6日)で伝えられています。また、ロンドン在住のジャーナリスト、木村正人さんは米国CDC(疾病対策局)の数値予測に基づく数値として「死者7万7500人から65万8800人」(Yahoo News 3月14日)と示している例はあります。しかし、日本政府発表と国内報道には、こうした死者数が見当たりませんでした。背景には、行政側の抵抗があったからです。

専門家が用意した資料の「想定死者数」は削除を求められた

 15日のクラスター対策班会見で死者数を発表した西浦博・北海道大学教授は、感染症の数理モデルの解析を担当してきましたが、3月9日の新型コロナウイルス感染症対策専門家会議に、予測死者数のデータを提出しようとしたところ、閣僚・行政官の強い反対にあったといいます。

BuzzFeed News(2020年04月11日)の岩永直子記者たちのインタビューに西浦さんは、「科学的なエビデンスに基づいて、現時点で何人ぐらい亡くなると予測され、何人ぐらいが重症になって、人工呼吸器やICUのベッドがどれほど足りなくなるかを公表資料の中に示したところ、削除を求められた」と語っています。

 とはいえ、村山さんも考えるように、新型コロナウイルスへの対処を真剣に考えれば、生死の問題を先送りしていては、より多くの混乱、社会的損失を招きかねません。

 15日に発表に踏み切った、西浦さんの「このくらい死亡リスクがある、という根拠を明確に伝えて、どう行動すべきかをみなさんに真剣に考えて欲しい」という思いは、多くの専門家に共通することと思います。

科学的助言を採用しないときは理由を示す英国政府のルール

 今回のいきさつは、政府と科学者がどう協力しあうべきか、どのようなルールが必要なのかを、私たちに考えさせるきっかけを与えました。

 多くの国では、政府の科学顧問グループが科学的なデータに基づいて助言し、政府は政治的な視点も加えて判断し、政策実行する、というシステムを導入しています。

 英国では、「政府は科学顧問の助言を採用しても良いし、採用しない場合は、その理由を開示しなければならない。一方、科学者は国防など特殊な条件を除いて、助言の内容を自由に公開できる」というルールが作られています。

 2011年の東京電力福島第一原発事故の際、日本には科学的助言の仕組みがなく混乱が拡大しましたが、今回は、この仕組みの大切さを理解して、科学と政府のより良い連携を作る機会でもあります。

国民一人一人が「死」を見つめ直すべき時

 一方で、政府が生死の問題を避けたいという気持ちも理解できます。
 根底に、日本人がいつの間にか「死」を遠ざけ、直視する姿勢を失っているのではないか、という不安が見えるからです。

 祖父母が亡くなったときに、「その遺体を孫たちの目から遠ざける」「顔を見せてお別れさせることを嫌がる」という例を多く聞くようになりました。こうした世情を編集工学研究所長の松岡正剛さんは、「私たち日本人は多くの大切なものを失ってきましたが、最たるものが『死生観』でしょう」と見ます。

 背景には、宗教や哲学の受け止め方、生活文化の変遷など、さまざまな要素が重なっています。「死を遠ざける気持ち」は、現代人の素直な心情かもしれませんが、今回の新型コロナ問題は、私たちにいまいちど命の意味、「死を忘れない(memento mori)」という言葉を見直すよう求めているのではないかと感じます。また、こうしたメッセージが政策決定者の決断を支えるのではないでしょうか。

政府は丁寧な説明を、国民は真摯な受け止めを

 政府には、1) 死者数をできるだけ低く抑える、2) 医療崩壊を起こさせない、3) 経済と生活への影響をできるだけ小さく抑える――これらを同時に解決するという、困難な政策課題が突きつけられています。
 それだけに、どのように解決しようとするのか、データと根拠に基づいた明確な方針を示してほしいと思います。同時に、これから先に進むためには、「死」の問題を避けて通れないことを、できるだけわかりやすく、知恵のこもった言葉として、発信してもらいたいと思います。


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