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四国へGo

半年前に計画した四国旅行がいよいよ5/19(木)から始まります。

3泊4日の旅。

最初は四国に住んでいる小説を書いた後輩に、どんな人生を歩んだらこんな小説が書けるのか?そんな素朴な疑問をぶつけたくて感想を伝えたところからメールのやり取りが復活した。

四国と関東の遠距離ライン。

ラインはめちゃくちゃ近い感覚だから今度会おうよって気軽に書けてしまうけど現実に戻るとそんなの無理ってなる。それが私にとってものすごいフラストレーションだった。
 
好奇心が募り過ぎて会って直接話を聞きたいと何度も何度も気持ちをぶつけた。

大学時代のゼミの仲間で今でも繋がっている人は本当に数少ない。卒業して30年以上も経っているんだから切れてる方が珍しくない。

それなのに切れないのはどうでもいい存在だから。

腐れ縁で繋がっているだけなんだなって。

その繋がりが年に一度の年賀状のやり取りだけだったりするので今どんなことに興味あるのか?夫婦仲良いのか?ふだんどんなことをしているのか?などの近況なんて全然わからない。

そもそもそんな奴らが今の私に興味を持っているとは微塵も思えないから会いたいとも思わない。

そんな状況下で繋がったゼミの後輩には久しぶりなので、私は現在の近況を伝えたんだ。

そしたら仲介してくれた後輩も同じ内容の私の近況を読んでいるはずなのに何の反応もなかったけど、この四国に住んでいる後輩は今の私に興味を持ってくれたんだ。

セラピストとして活動している私の施術を受けてみたいとか、私が自費出版した曰くつきの小冊子絵本も購入してくれた。

大学時代のゼミの中の私のポジションはからかわれたり面白がられたりのバカにされキャラだったから今会ったとしても当時のノリで馬鹿にされるのがオチだから会いたいとも思わない人たちばかりだったから今の私に興味持ってくれたことがただ単純に嬉しかった。

距離的に施術受けてもらうのは無理だから社交辞令だと思ったけど私は本気のふりしていつ東京方面に出てこれるのか?会いたいと伝えたんだ。

そしたら、四国の後輩も会いたいと言ってくれた。

そんなのその時のノリだって分かっていたけど、私は本気なんだよってことを行動で示したかったのかもしれない。

会いに来れないなら私が行くよ。

そしたらそんなタイミングがやってきたんだ。

もともと興味のあった蒸留体験のワークショップもみつけた。

そして今週末36年ぶりに再会する予定。

行くと決めたら

おいでおいで

と呼ばれているみたいに次々と予定が埋まっていった。

一緒に行く人も最終的に私を含めて4人。四国だけに四人とは!

これまた偶然か?

そんなこんなで旅の支度をしております。

この四国に住んでいる後輩へ最初の頃に送ったメールに

いつか柑橘系の華が咲く頃に四国へ行ってみたいです。

と社交辞令で書いたことが現実化します。

そうなんだ、

私はいつだって本気なんだよ。

だから時々地雷を踏んでしまったり自爆したりするんだ。

本能で生きるってそういうこと。

自分に正直でいるって時に誰かを傷つけるのだ。

四国の後輩にも本音ぶつけたから結構傷ついているかも。それでも切らずにいてくれて本当にありがたい。

誰かを傷つけるってことは自分自身も傷ついているのだ。

でも自分に嘘をついていきるなんていまさら出来ない。

だからといって自分で蒔いた種は自分で刈り取るのだ。

そうそう

この四国の旅のテーマは

「カルマの開放❢」

一緒に旅する友だちのハイヤーセルフからそんなメッセージがきたそうです。

私が大学生の頃に冒した過ちを最終的に四国で浄化するらしい。

さて、どんな旅になるのかまた書いていきたいと思います。

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