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第1章:バブル経済の栄光とその崩壊 ~1.中学時代に見たバブル経済の華やかさとその影響
こちらのブログを書籍化しました
1.1街の活気と消費文化
1980年代後半、日本は空前のバブル経済に沸いていました。バブル経済とは、不動産や株式の価格が急激に上昇し、人々が投資に熱狂した時期のことです。バブル経済は過剰な投資や融資により支えられていましたが、その無理な膨張が最終的に破綻を引き起こしました。私が中学生だったその頃、街はエネルギーと活気に満ち溢れていました。大通りには新しい店舗が次々にオープンし、人々は楽しそうにショッピングや外食を楽しんでいました。
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テレビをつければ、深夜にもかかわらず斬新な番組が放送されており、その代表格が「カノッサの屈辱」でした。この番組は歴史的な出来事や文化を独自の視点で解説し、知的でユーモアのある内容が特徴でした。例えば、歴史的な人物や事件を現代の視点から再解釈することで、視聴者に新たな視点を提供しました。このような独特のスタイルは、当時の若者たちが学校で学べない知識や視点を得るための貴重な手段となり、若者文化において大きな影響を与えました。多くの学生がこの番組を通して歴史に興味を持ち、知識を深めることが流行となっていました。当時の若者にとっては、学校で教わらない知識を楽しく学べる貴重な機会であり、知的好奇心を大いに刺激する存在でした。
ニュース番組では、内定を獲得した大学生たちがハワイ旅行に出かけたり、企業から豪華な贈り物を受け取ったりする光景が報道されていました。高級リゾートでのパーティーや、有名ブランドの贈り物が当たり前のように映し出されており、就職活動が成功すれば企業から特典が与えられるという、今では考えられない時代でした。その華やかさは、まさに私たちが憧れる未来そのものでした。
映画「就職戦線異状なし」を観たときは、そのコメディタッチの中にも、バブル期特有の社会風潮がリアルに描かれており、企業が学生を過剰に歓迎する姿や、内定者への豪華な待遇が強調されていました。私たちは、そうした華やかなシーンに自分たちの未来を重ね合わせていました。主人公たちが企業からの過剰な歓迎を受けるシーンは、現実でも起こっていることであり、「自分たちも将来こうなるのだろうか」と期待に胸を膨らませていました。その期待は、私たちの日常生活にも反映され、努力すればあのような豪華な未来が待っているのだという信念に繋がっていました。
また、テレビでは連日、ジュリアナ東京のディスコで踊る人々の映像が流れていました。ジュリアナ東京は、バブル期の過剰な消費と自由なライフスタイルの象徴であり、当時の若者たちが求めた非日常的な楽しみを体現した場所でした。ボディコンシャスなファッションに身を包んだ女性たちが、大きな扇子を振りながら踊る姿は、非日常的でありながらも憧れの的でした。あの熱狂的な雰囲気は、バブル時代の象徴ともいえるもので、ディスコの中では一晩中エネルギーが尽きることなく続いているようでした。音楽のリズムとともに、一体感を感じながら踊るその姿は、自由で未来が無限に広がっているかのような希望を象徴していました。
当時の私は、バブル経済の華やかさに浸りながら、これから訪れる未来がいかに素晴らしいものになるのかと信じて疑わず、夢見ていました。街中の熱気や人々の活気は、自由で未来が無限に広がっているかのように感じられ、その中で自分もその一部になりたいという期待を抱いていました。自分の力で努力し続ければ、あの輝かしい世界の一部になれるのだという希望が、私の中に深く根付いていたのです。