憧れの人(目標とする人)【キャリコンサロン編集部】
「キャリコンサロン編集部」活動、木曜日担当のじゃれっと・きむです。
55回目の投稿となりました🎶👏
8月も下旬。暑さは相変わらずですが、夏バテに悩まされながらもなんとか生きている感じのこの夏です。投稿は少し遅れ気味ですが、なんとか付いて行く。このなんとか付いていくってのが、今の私には大事なことのようです。
文章を書くことが苦手な私。自分の意見を文字にして伝えることも苦手な私。そんな53歳に「思考の整理」と「文章を書く」という反復練習の場を与えてくれる「キャリコンサロン編集部」に感謝です。
ブログの内容の方は、いつもの如く、気ままに、思うがままに、好きに書いておりますけど、今回もご覧いただき、誠にありがとうございます😊
🍀はじめに
今回のテーマは「憧れの人(目標とする人)」です。
私には、憧れというか、尊敬する方が数名おられるのですけど、その中でも、「憧れ」という感じであれば、この3人の方だとすぐに思い浮かんだので、想ったままに書き綴ってみました。
🍀小学校5,6年の担任の先生
小学校5,6年の担任の先生であって、仲人でもある「木村敏美」先生。
私は子どものことから木村先生の教師像を追っかけてている感じで、いつしかそんな小学校の教員になりたいと目指していました。
普通に大学進学はできませんでしたが、教員になる夢を捨てきれず、夜学に行くため仕事をしなくてはと市役所へ入庁。6年間、夜間大学に通って教職課程の単位を取得しました。ようやく教員免許状(今は制度変わって失効?)を手に入れるも、教員採用試験に3度連続で落ちた時に、役所に勤めながら教師になることは無理(当時は採用枠が県で1人とかだった)だと諦め、今に至っています。
木村先生の教育論。今となっては、時代の変化によって通用しない部分もあると思いますが、目の前と子どもの向き合うパワーって、それはもう凄かった。とことん子どもと付き合う姿勢は、年間150号以上発行する学級通信「ガキ山通信」を読めば、今でも当時のパワーを感じることが出来ます。
そして、その「ガキ山通信」の5年生の時の第1号に、先生の自己紹介が書かれてあるのですが、その中で「長所:不正を許さないこと 短所:不正を許さないこと」と書いてあったのを見たとき、5年生ながらにぞわっとしたことを覚えています。
とにかく厳しい先生でしたが、とても人情味あふれ、いつも私らの力を信じて見守ってくれた木村先生。何回もビンタもされましたが、それは自分が悪いことをしたからのことで、恨んだりしたことも1度もない。
まあ、当時は、怖かったですけどね。
しかし、生徒とお本気向き合う先生って、今ではおられるのでしょうか。
自分の恩師の姿を見て、自分も教師になりたい!って、そんなことを思う未来の先生候補はいるのでしょうか。
人としても尊敬する木村先生。教師とならずとも、先生の教えは日常生活や社会人生活の全ての場面に活かされている。そんなふうに思います。
最近お会いしていないので、コロナ制限もなくなったことですし、今年の年末には久しぶりに先生と飲みに行きたい。そんな感じです。
🍀初めての上司
私は職業経験が34年間の公務員一本やり人生を過ごしたこともあり、どうしても社会人生のロールモデルが直属の上司になってしまうのですけど、その最初の上司が「末次課長」。
高校出て18歳で市役所に入庁した最初の職場の課長でした。亡くなられて、もう15年は経過していると思いますが、生前、ゆっくりお話しさせてもらったのは九州医療センターの病室にお見舞いに行った時が最後です。
社会人として、右も左も分からない私にも、他のベテラン職員となんら分け隔てなく、接してくれた課長。振り返ってみると、私の役所生活の前半戦は、かなり上司に恵まれていたため、のびのびと仕事をさせてもらった感じがします。
当時は税の収納が仕事の納税課。納税交渉でバシバシとやりあってきた、ある意味私らの突っ走る対応をしっかりと受け止めてくれ、何かあればすぐに助けてくれる。でも普段は課長席でどっしりと構えて、ちょっと怖いイメージ(ヤクザの大親分みたく)もありつつ、時には馬鹿話をしてくれたり、5時のチャイムなったら「よし飲みに行こう!」と気軽に誘ってくれ、行きつけの小料理屋で飲みながら、色んな武勇伝を聞いたり、私らが普段のからもやもやしていることに耳を傾けてくれる、そんな上司でした。
私の仕事のミステイクを何度尻拭いしてくださったことか。本当に迷惑を掛けっぱなしでしたが、それでもいつもニコニコして、「金ちゃんは元気か」と声をかけてくれる。
まさに私の公務員スタイルを確立してくださった上司で、末次課長のような上司に、いつかは慣りたい、なれるかな、なれるといいな、なんてと思っていました。
今の組織には欠乏しているチーム内の人間関係構築力。そんなこと微塵も感じさせないような関係性がしっかりと構築されていたため、末次課長の門下生は構成する「末次学校」なるものもあり、そのメンバーのほとんどが、なんか公務員らきしくないというか、それぞれに個性あって、それを最大限発揮している皆さんばかり。私はまだまだですけど、そんな多様なメンバーを牽引し、いつも部下が働きやすい職場となるよう、常に現場の意見を当局にもっていき、私たちために奔走してくださっていました。
私は、残念ながら管理職になる前に市役所を辞めてしまいましたから、末次課長の意志は引き継げておりません。この点については大変、申し訳ないと思っています。
ですから、あの私には最後まで過ごすこができなかった組織で恩返しはできませんが、今でも末次課長のような「人情味と安心感のある、誰からにも好かれる人でありたい」と、常に思っています。
🍀捨てる神あれば拾う神がいる
私が役所の中で飼い殺しにされる状況から救ってくれ、一つの道を突っ走ることを与え、許してくれた上司、「菊池課長」。
菊池課長がいなれば、30代前半で役所人生は終わっていただろうと思います。終わっていたというのは、辞めたとか病気になったとかではなく、腐った公務員=仕事しない口だけやろう=税金泥棒になっただろうと言うこと。そんなことを真剣に考えます。私が一番嫌いなタイプの公務員ですね。
でも、その一番嫌いなタイプになる寸前だった私。そんな泥沼から菊池課長は引き出してくださった恩人。今でも感謝しきれないほど感謝しています。
引き出してもらう直前、私は、上司と意見の相違が続き、毎日喧嘩ばかりしていました。旧態依然とした考え方に批判もしました。ケチをつけ自分の主張を曲げない、新しいやり方に変えるべきだと。そんな日々が続いていました。
愛想を尽かした上司は、私は追い出そうと必死で遠くへ飛ばそうと計画したようです。後から、周囲の人に聞きました。しかし、隣の課にいた菊池課長がそれを見て、「金子がいらんならこっちでもらう」と言ってくださったと聞きます。
私は、中小企業支援の仕事を続けることが決まり、菊池課長のもと業務が始まりました。この日を境に、水を得た魚のように、生き生きとやりたいことを思う存分にさせてもらいました。特に商店街振興の仕事は、昼夜土日と構わず仕事に没頭しました。年間1000時間以上の時間が勤務が全く苦ではなかったし、時間外手当も3割程度しかもらってなくても、腹も立たなかった。好きなことに没頭できることが何より楽しかった。
そして菊池課長は、そんな私をいつも「ニコニコ」と「ほんわかした顔」で私を見ている。新しい企画を見ても、やってみよう、おもしそうだな、任せたよ、と常に否定はされない。ずっと見守ってくれていました。
一方で、真剣な眼差しで、議員対応や業界対応、そして時には厳しい視点で指導してもらう場面もある。特に議会対応は、まあ、役所の中では重要な仕事でもあるので、夜通し資料作りで共にしたことは何度もあり、言葉一つひとつを吟味しながらの資料作成は、本当に勉強になりました。
とはいえ、一旦、仕事が終われば、「金ちゃん、飲もうかぁ」と、机の引き出しから、ご自身で作ってこれらた酒の肴を取り出し、私ら部下に振る舞います。当然、私は、即座に近所の酒屋へビール買いに走るわけです。
オンオフがしっかりと分かれているんだけれど、常に自然体だった菊池課長のお陰で、私は少し柔らかい人間になれたようにも思います。ちゃんと、上司と協議することもできるようになりましたし、上司の指摘を信頼して受け止めることが出来るようになりました。
本当に昔は、仕事もできないくせにおーちゃくな奴だったから。
菊池課長も、すでにこの世に居られません。
実は最期の姿を見ることができませんでした。死を知ったのは、亡くなられた後、奥様から送られてきた年賀状でそのことを知る。公私共にお世話になった大切な人が急に目の前からいなくなる。とても寂しかった記憶が今でも思い起こされます。
人の価値観や行動を認めつつ、私の良いところと困ったことをじわっと伝えてくれて、私は変わっていきました。まさに伴走して、私の人生を見守ってくれた上司。
そんな上司を尊敬しつつ、自分もこうありたいと思いつつ、今では組織から外れてしましましたので、菊池課長にも申し訳なさでいっぱいです。
しかし菊池課長のことですから、もしもご存命であれば、私が早期で辞めることを伝えたとき、「頑張れよぉ〜」って、微笑みながら言ってくれたのではないかと、あの優しい笑顔が今でも思い起こされます。
🍀さいごに
私は、素敵な人たちに恵まれて生きてきました。
それを、しっかりと活かせているのでしょうか。
あと20年くらいですかね。私の人生。少しでも、尊敬する3人「憧れの人(目標とする人)」に近づくことができるように、日々、精進する。
尊敬する3人に本当に感謝しております。
고맙습니다〜😊
じゃれっと・きむ🍀
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