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「私」というと… 〜「じゃれっと・きむ」の 人生の備忘録 〜

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令和4年3月。34年間勤めた地方自治体を早期退職で辞めました。 定年まで全うする。そんなこと当たり前と思っていた私ですが、結局、ココは自分の居場所ではない、納得のいく人生が送れな…
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「私」 というと・・・ (vol.8)

〜「じゃれっと・きむ」の 人生の備忘録 〜 『高校生活①〜右肩下リの3年間の始まり〜』自分…

「私」 というと・・・ (vol.7)

〜「じゃれっと・きむ」の 人生の備忘録 〜 『おろくとりょうじ』リーダーシップとは何か、集…

「私」 というと・・・ (vol.6)

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「私」 というと・・・ (vol.5)

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「私」 というと・・・ (vol.4)

〜「じゃれっと・きむ」の 人生の備忘録 〜 『鉄道マニアの始まり』計画的な行動力が身に付…

「私」 というと・・・ (vol.3)

〜「じゃれっと・きむ」の 人生の備忘録 〜 『習い事のオンパレードの小学生時代』広く浅い…

「私」 というと・・・ (vol.2)

〜「じゃれっと・きむ」の 人生の備忘録 〜 『2歳から住んだ街は「新開地」』コミュニケーション力と協調性を身につける初期の時期。 嵌ると集中力、熱心さがアップする私もこの頃から。 🍀西鉄が開発した造成団地「南ヶ丘」への移住 周りは山、そして自分の家の周りは、ずっと向こうまで見渡せる開けた土地。そこには数件の店舗兼住宅が立ち並ぶ。その1件に移り住んできた我が家族。まさに高度経済成長期に創られようとしていた団地で、先に造成が進んでいただろう丘の上の方に立ち並ぶ一軒家は、土地

「私」 というと・・・ (vol.1)

〜「じゃれっと・きむ」の 人生の備忘録 〜 『昭和44年10月 北九州八幡で誕生』適応力、行…