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台湾の天安門事件「二・二八事件」

こんな事件があったの知りませんでした。


二・二八事件とは、終戦によって日本統治が終わった後、大陸からやってきた中国国民党の腐敗政治に抗議した台湾の民衆(特に日本の教育を受けたインテリ層)を、国軍が殺戮・弾圧した事件だという事です。

国家による国民の殺戮。
天安門事件と似たような話ですね。


天安門事件。
今でもあの時の衝撃は忘れられません。

特に「僕の友達は肉のせんべいになった」という一文、今でもトラウマです。



この記事の中で、特に心に残った部分が2つあります。


「・・・すっかり油断していた台湾人に向けて、国民軍の容赦ない殺戮が始まります。

つまり、日本の統治を受け、日本式の常識や道徳が身についていた彼らは、
まさか同じ民族である中国人が非武装の民衆を無差別に殺戮することなど、
全く想定に無かったのでしょう。
身についた「性善説」が最悪の想定を遠ざけ、つまり、
援軍を呼ぶための時間を国民党に与えてしまったとも言えます」


身につまされます。
納得でき過ぎて。

終戦の混乱期に朝鮮半島から引き揚げる時の日本人も、同じ感じだったんじゃないでしょうか。


身についた性善説によって、油断が生まれてしまう。
必要以上に状況を楽観視してしまう。
目測を誤る。
日本人の常識や道徳観で外国(外国人)と対峙しようとして、アッサリ出し抜かれる。裏切られる。

日本人には心当たりがあり過ぎます。



「まさか同じ民族である中国人が・・・」

同じ民族だからこそ余計に、だったのかもしれません。

「基本武力と弾圧による恐怖政治によって対立する力を捻じ伏せる、という従来のやり方が、



『日本統治により進んだ文明社会を享受していた台湾人へのコンプレックスと恨み』



によってさらにいっそう拍車がかけられた結果がこの虐殺だったと言えます」


まさにコレだったんじゃないでしょうか。

中国や韓国の病的な反日の背景には、この「(自分たちより格下のはずなのに、その日本に先を行かれている)コンプレックス」もあると思います。

自信の無さの裏返しと言うのか。
自信の無い人、卑屈な人ほど攻撃的になる傾向がありますし。



もう一つがこちら。

「台湾人として自分のアイデンティティに深く悩むことを、たとえば金美齢さんは
この国に生まれたものの「宿命」だと考えているようです。

彼女のような人間に言わせると、日本人として生まれてきた瞬間、
我々はそのアイデンティティに悩まなくて済む権利を与えられているのです。
それがいかに幸せなことであるかを、わたしはこの台湾で複雑な思いとともに確認しました」


日本人としてのアイデンティティ。
深く考えた事あったかなあ?

日本人に生まれて良かったと思ってるし、多少は誇らしいとも思ってる。

その反面、日本人の嫌な所や悪いクセにイラつく事もある。
自分自身も含めて、の時もあれば、そうでない時もある。

でも、じゃあどこか別の国の国民に生まれたかったか?と言うとやっぱり日本国民で良かったと思う。

あれ?
もしかしてアイデンティティってそういう事じゃない?

改めて深く考えようとすると、よくわからなくなるな・・・。





日本人としてのアイデンティティに悩まなくて済む事は、確かに幸せな事なのかもしれない。

でも、その分いろんな事に対して鈍感、無関心になってしまってる気がする。

そして、鈍感、無関心でいる間にどんどん日本がおかしな方向に進んでしまって、気がついた時にはもう遅い、という事になるんじゃないかと不安になる。


一方、台湾人である事のアイデンティティに悩み続けている台湾の人々は、身の回りで起きている事にもっと敏感で、いろんな事に対して心構えが出来ていたり、現実的に物事を見たり対処したりする訓練が出来ているのかもしれない。

そう考えると、アイデンティティに悩んでいる台湾の人々の方が実は幸せなのかも、と思わなくもない。


日本人はもう少し、台湾の人々に学んだ方がいいのかもしれない。

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