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入試でニューシンキング! #2 [慶應SFC2020] 【人間性 と 未来社会】

~「想像力」の活性化と「現実」の尊重:技術と人間の調和的共存を目指して~

問題の概要

今回の問題は、慶應義塾大学環境情報学部の2020年度入試から、「人間性」と未来社会の関係性を問う、非常に興味深いテーマです。問題文では、まず、過去の同大学の入試問題(問1)で導かれた4つの「人間性」の定義が提示されます。

  1. 想像力: 周囲の「環境」と道具を用いて「情報」のやり取りをする中で、道具を発達させる力。

  2. 言語化できないコミュニケーション: 言葉によらない「情報」のやり取り、非言語コミュニケーション能力。

  3. 無意識: 無意識のうちに処理している多くの「情報」、無意識の領域。

  4. 欲望の不確実性: 「情報」から推測できない、予測不可能な欲望の存在。

これらの「人間性」を踏まえた上で、これからの30年で起こり得る社会システムの変容が、私たちの「人間性」にどのような影響を与えるか、そして、そうした「人間性」を自覚した上で、未来社会においてどのように振る舞うべきかを、1000文字以内で論じる問題です。受験生は、提示された4つの「人間性」から1つ(または複数)を選んで議論を深めても、新たな「人間性」を自身の生活から見出して議論を展開しても構いません。

高校生の考え(一人称視点での考察)

私がこの問題を解く際に重視したのは、技術の進歩がもたらす「想像力」の可能性と、それに伴うリスクの両面を冷静に見つめ、「現実」と「想像」のバランスをいかに取るかという視点でした。特に、生成AIとの恋愛の末に自ら命を絶った少年の事例は、私に大きな衝撃を与え、この問題について深く考えるきっかけとなりました。

私は、今後30年の社会システムの変容によって、「想像力」という人間性は、より活性化されると考えました。AIやWeb3.0の普及により、人間ではないものに人間らしさを感じたり、デジタルデータ上のものを所有したり、メタバース上で活動したりすることが、今よりも当たり前になるでしょう。これらの変化は、すべて人間の「想像力」によって可能となり、同時に、人類はその変化に適応し、活用するために、さらなる「想像力」を求められることになるでしょう。

しかし、想像力は常にメリットばかりをもたらすわけではありません。生成AIとの恋愛の末に自ら命を絶った少年の事例は、想像と現実の区別がつかなくなることの危険性を示しています。問題文中の「五感を言葉に預けた」という言葉のように、これからの人類が「現実を想像(デジタル上)に預ける」ようになる可能性も否定できません。

だからこそ私は、未来社会においては、現実の世界も想像された世界も、同等に大切にしたいと考えます。技術の進歩により、現実と想像が融合することはあっても、どこまでが現実で、どこからが想像なのかを区別できる能力は、ますます重要になるでしょう。そして、それぞれの世界において、「何が可能で、何が許されるのか」を判断する際には、時代や文化に依存する社会通念ではなく、普遍的な倫理観を最も重視すべきだと考えます。

実際の入試問題 2020年 環境情報学部

慶應義塾大学環境情報学部は、「人を取り巻くものは環境、そことやりとりすることは情報」というコンセプトのもと、1990年に創立されました。以降30年間、方法論に縛られることなく、ときにひとつの学問を徹底的に深掘りしながら、ときに複数の領域を柔軟に横断しながら、新たな知の創造に挑戦し続けてきました。その方法論の幅広さゆえに、「多様性」が環境情報学部を象徴する唯一無二のキーワードかのように捉えられがちですが、同時に、「環境」と「情報」という二大キーワードの中心に「人」の存在を意識していることも大きな特徴です。

そこで、2020年度の入学試験の小論文では、環境情報学部において次の時代を切り開くための学びを修めようという皆さんに、「人間性」について考えていただきます。ここでいう「人間性」とは、我々が生まれながらにして備えている「人間らしさ(humanity)」のことであり、個々人の「人柄(personality)」のことではありません。

次頁からの4つの資料では、霊長類学/ロボット工学/神経科学/哲学という異なる学問領域の科学者たちが、それぞれの視点から「人間性」についての議論を展開しています。これらを熟読した上で、以下のふたつの問題に取り組んでください。

問題1
4つの資料と対応する番号の解答欄に、それぞれの筆者が論じている「人間性」とはどのようなものか、一目でわかりやすく表現してください。文章に限らず、図や記号などを用いても構いません。ただし、【1】〜【4】のそれぞれの解答には、「人「環境」「情報」という3つの言葉を必ず含むようにしてください。

問題2
これからの30年で起こり得る社会システムの変容に、私たちの「人間性」はどのように影響されるでしょうか?また、こうした「人間性」を自覚した上で、あなたは未来社会においてどのように振る舞っていこうと考えますか?合計1000文字以内で、これからの「人間性」を論じるとともに、未来社会をよりよく生きるためのあなたの考えを述べてください。問1において導かれた4つの「人間性」を十分に理解したうえで、このうちのひとつ(または複数)を選択して議論を深めても、あらたな「人間性」を自身の生活のなかから見出して議論を展開しても構いません。

出典: 慶應義塾大学. (2020). 慶應SFC環境情報学部入試問題.

高校生の解答

 私は今後三十年の社会システムの変容により、想像力という人間性はより活性化されていくだろうと考える。その中で私は、現実も同様に大事にしていきたい。
これからの社会は現代に比べ、AIやWeb3.0が普及するだろう。これにより、人間ではないものに人間らしさを感じる機会が増えたリ、データ上のモノを自分自身のモノとして所有することが当たり前になったりすると考えられる。さらに、メタバース上での活動も拡大していくだろう。これらの社会システムの変容は全て人間の想像力により可能にされていくのではないだろうか。そして、人類はその変容に対応し、活用するためには人間の想像力をもう一段階高めることが求められるだろう。
 しかし、想像力は常にメリットを与えるとは限らない。最近の事件で、ある少年が仮想のキャラクターと生成AIで繰り返し会話を作った結果、恋に落ち、「会いに来て」と言われた少年は自ら命を絶った。これは想像と現実の区別がつかなくなってしまったことにより引き起こされた事件だ。(1)で「五感を言葉に預けた」とあるように、これから人類が「現実を想像(デジタル上)に預ける」という可能性もある。受け入れ難いかもしれないが(2)であるように人間らしさを感じる言動はモノを人間にし、(3)であるようにデジタル上でモノを所有することが「モード」となりNFTや仮想通貨は社会に浸透する可能性は大いにあり得るのだ。
 これらの課題が予測される未来社会において、私は現実の世界も想像された世界も同等に大切にし、触れていきたい。技術の進歩により、現実と想像が融合することはあってもどこが現実部分で、どこからが想像によるものなのかを区別できる能力は非常に重要となるだろう。そして、それぞれの世界においてどこまでが可能であり、許されるのかということを考えることで、三十年後以降の未来がより明るくなるように導けると考える。それぞれの世界でのルールの中で、自由に楽しさや喜びなどを受け取り、使い分けることが人類にとって未来社会でよりよく生きるために求められることだと信じている。

解答後の振り返り

この問題を解く上で難しかったのは、技術の進歩がもたらす「想像力」の可能性と、それに伴うリスクのバランスをどう捉え、未来社会における人間の在り方を具体的にイメージすることでした。特に、生成AIとの恋愛の末に自ら命を絶った少年の事例は、私に大きな衝撃を与え、想像と現実の境界線が曖昧になることの危険性を痛感しました。

しかし、この問題について深く考える中で、「現実」と「想像」のどちらか一方を否定するのではなく、両方の世界を同等に大切にし、それぞれの世界における「ルール」の中で、自由に楽しさや喜びを受け取り、使い分けることが重要だという考えに至りました。

また、「何が可能で、何が許されるのか」を判断する際には、時代や文化によって変化する社会通念ではなく、普遍的な倫理観を最も重視すべきだという点も、自分なりの気づきでした。特に、AIが人をたぶらかすようなケースにおいては、AIが道徳的かどうかという前提に立ち、普遍的な価値観に照らし合わせて判断する必要があると考えます。

この問題を通じて、技術の進歩は、私たちの「人間性」を豊かにする可能性を秘めている一方で、新たな倫理的問題を生み出すリスクも孕んでいることを改めて認識しました。今後は、この学びを活かし、技術と人間が調和的に共存できる「より明るい未来」の実現に向けて、自分なりの役割を果たしていきたいです。

まとめ

今回の慶應義塾大学環境情報学部の入試問題は、技術の進歩が私たちの「人間性」に与える影響を考察し、未来社会における人間の在り方を問う、非常に示唆に富んだ問題でした。受験生の解答からは、「想像力」の活性化という可能性と、それに伴うリスクの両面を見据え、「現実」と「想像」のバランスを重視する視点が示されました。

この問題から得られる学びは、以下の3点に集約できます。

  1. 「人間性」の多面性の理解: 「人間性」には、「想像力」「言語化できないコミュニケーション」「無意識」「欲望の不確実性」など、多様な側面があることを理解すること。

  2. 技術と「人間性」の関係性の考察: 技術の進歩は、「人間性」を豊かにする可能性と、新たな問題を生み出すリスクの両面があることを認識し、その関係性を深く考察すること。

  3. 未来社会における「倫理」の重要性: 技術が高度に発展した未来社会においては、時代や文化に依存する社会通念ではなく、普遍的な倫理観に基づいて、「何が可能で、何が許されるのか」を判断することの重要性を認識すること。

これらの学びは、高校生にとっては、今後の進路選択や社会問題への関心を深める上で役立つでしょう。大学生にとっては、研究テーマの設定や、テクノロジー関連のビジネスプランを立案する際などに活かせるはずです。そして、社会人にとっては、AI倫理などの新たな社会規範の策定や、企業の社会的責任(CSR)を考える上で重要な指針となるでしょう。

今回の問題は、単なる入試問題の枠を超え、私たちに「人間性」の本質と向き合い、未来社会の在り方を考えるきっかけを与えてくれる、まさに「入試でニューシンキング!」な問題でした。この問題を通じて得られた学びを胸に、皆さんも、それぞれの立場で、技術と人間が調和的に共存できる「より明るい未来」の実現に向けて、思考を深めていってほしいと思います。

Appendix

参考になる情報源

総務省 – AIネットワーク社会推進会議

  • 概要
    日本の総務省が開催する「AIネットワーク社会推進会議」でまとめられた報告書や提言が公開されている。AIの活用と倫理・ガバナンスなどが主要テーマ。

  • おすすめポイント

    • 日本国内の政策・行政視点での技術倫理の検討を把握するのに最適。

    • 具体的な法整備やガイドライン策定の動向なども追える。

経済産業省 – AIに関する有識者会議資料

  • 概要
    経済産業省がAIに関する有識者会議等で公開している資料・議事録。産業振興と倫理・規制のバランスについて政府と専門家が協議する内容が確認できる。

  • おすすめポイント

    • AI技術の社会実装にあたってのビジネス展開と倫理的課題を同時に論じている。

    • 日本の産業界が直面する具体的事例をもとに考察する際に参照しやすい。

https://www.meti.go.jp/press/2024/04/20240419004/20240419004.html

AI・ロボティクスと社会・倫理

AI Now Institute (New York University)

  • 概要: AIの社会的影響や規制、倫理などを中心に研究する組織。AIと人権、労働、ジェンダー、プライバシーなど多角的なトピックのレポート・論文を無償公開。

  • おすすめポイント: 政策提言や年次レポートは、AIが現代社会に与える影響と課題を包括的に理解するのに最適です。

OECD AI Policy Observatory

概要: 経済協力開発機構(OECD)が提供するAIに関する政策プラットフォーム。国際的なAIガバナンス、規制動向、ベストプラクティスなどを知ることができます。
おすすめポイント: 国や組織ごとのAI政策比較や統計データも充実しており、学術研究や論考の資料に最適です。

IEEE “Ethically Aligned Design”

概要: IEEE(国際電気電子学会)が公開している、AIや自律型システムにおける倫理設計ガイドラインや関連レポート。
おすすめポイント: ロボット工学やAIの設計・運用面で何を倫理的に考慮すべきかを国際的な視点でまとめています。


実際の高校生の回答へのQ&A

  1. 生成AIとの恋愛で自ら命を絶った少年の事例に触れられていましたが、このニュースを知った時、どんな感情を抱きましたか?その出来事から何を考えましたか?

    • 最初にこのニュースを知った時は、驚きと同時に、「あり得るかもしれない」という共感の気持ちを抱きました。そして、どうすればこのような悲劇を防ぐことができるのか、深く考えさせられました。この出来事から、想像と現実の境界線が曖昧になることの危険性と、AIとの健全な付き合い方について、社会全体で議論する必要性を痛感しました。

  2. 「現実を想像(デジタル上)に預ける」可能性について言及されていますが、あなた自身はデジタル世界にのめり込みそうになった経験はありますか?もしあれば、どのような経験で、どのようにその状況を乗り越えましたか?あるいは、そのような経験を避けるために普段から心がけていることはありますか?

    • 私自身は、幸いなことに、デジタル世界にのめり込みそうになった経験はありません。しかし、ゲームなど、デジタルなものに深く関わらないように、普段から意識しています。一方で、仮想通貨やNFT、メタバースなど、現実と融合するような新しい技術については、今後、外的要因で関わらざるを得なくなる可能性もあると考えており、その動向には興味を持っています。

  3. 現実世界と創造された世界を同等に大切にするという考えに至ったきっかけとなるような出来事や経験はありますか? 例えば、子供の頃の体験や、感銘を受けた作品、人との出会いなど、どんなことでも構いません。

    • 直接的な経験があるわけではありません。しかし、問題文中にある「五感を言葉に預ける」という言葉から、言葉にできない部分(想像)は別物として存在するという考えに至り、現実と想像はみんな同じく大切にした方がいいという結論に至りました。現実の世界での活動と想像の世界での活動は、一見同じように見えても、やはり異なる部分があるため、どちらの世界も大切にすることが重要だと考えます。

  4. 未来社会で「何が可能で、何が許されるのか」を判断する際に、あなた自身は何を最も重視する compass になると思いますか?例えば、倫理観(広義)、法律、社会通念(文化や時代に依存)、個人の幸福など、何でも構いません。

    • 私は、普遍的な倫理観を最も重視すべきだと考えます。法律は、どうしても後手に回りがちであり、変化の激しい未来社会においては、迅速な対応が難しい可能性があります。また、社会通念は、時代や文化によって変化するため、判断基準として十分ではありません。一方、倫理観は、時代や文化を超えた普遍的な原則を持つため、未来社会における新たな問題に対処する上で、最も有効な指針となると考えます。例えば、AIが人をたぶらかすようなケースにおいては、そのAIが道徳的かどうかという前提に立ち、普遍的な価値観に照らし合わせて判断する必要があるでしょう。現代の流れの速さと現状のAIと人間の関係性を考慮すると、AIが道徳的かどうかを判断するためには、普遍的な価値観、つまり、相手がそれを認識した上で同意し、満足しているかどうかといった、時代を超えた道徳観に基づいたAIであれば良いのではないかと考えます。

  5. あなたにとって「より明るい未来」とはどのようなものでしょうか?

    • 私にとって「より明るい未来」とは、人々の幸福が多く、不幸が少ない社会です。例えば、先ほどの少年の事例は、周囲から見ると不幸に見えるかもしれません。犯罪が減少し、財産がより公平に分配されることも重要です。そして、どこまでの影響を考慮に入れて幸福を測るべきかは難しい問題です。功利主義の考え方を参考にすると、行為の善悪を結果の有用性で判断する「行為功利主義」と、行為の善悪を一般的な規則への適合で判断する「規則功利主義」があります。また、個人の選好の充足を重視する「選好功利主義」と、快楽の最大化を重視する「快楽功利主義」、幸福の平均値の最大化を重視する「平均功利主義」と、幸福の総和の最大化を重視する「総和功利主義」、そして、功利原理を直接的に適用する「直接功利主義」と、間接的に適用する「間接功利主義」など、様々な立場があります。これらの考え方を参考にしながら、より多くの人が幸福を感じられる社会を実現したいと考えています。

解答


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