スウォンジー・シティがクラブロゴを手に入れた方法と、それをデザインした男の物語
※この記事は2019年4月21日に執筆したものです。
最近、ユベントスがロゴを変更した件が話題になっています。普段使いもできて、フットボールクラブの伝統的なものとは一線を画しています。
でも私たちスワンズも、なかなか現代的でスマートなロゴを採用しています。
さかのぼること約20年。それまでの商業活動を見直したきっかけは、とある会長の就任でした。
今回はWalesOnlineの翻訳記事をお届けします。
スウォンジー・シティがクラブロゴを手に入れた方法と、それをデザインした男の物語
それは、スウォンジーに偏在しています。
車、バン、服、建物、ビジネス、バースデーケーキ、ヘアカットやタトゥー、ほとんどどこでも見ることができます。
最も自然なのは、フットボールのユニフォームに浮き出ているものです。
精神的なホーム、リバティ・スタジアムでは、巨大なバージョンがスウォンジー・シティを見る数千人の群衆を見降ろします。
スワンズのロゴは町の構成に埋め込まれているように見え、それが存在しなかった時間を思い出すのは難しいことです。
事実、羽を表す3本のサッと流れる平行線と、鳥の首と頭を構成するための前面にカーブしている4本目の線は、現在20歳です。
現ロゴの導入が決まる契機
その導入は1997-1998シーズンにベッチ・フィールド(リバティの前の本拠地)に就任した新しいオーナーの後に続きました。
チェアマンはSteve Hamer、副チェアマンはNeil McClure。インターネットがますます現代生活の一部になる状況で、クラブは時代の流れについていき、リブランドすることを決心しました。
決断がなされ、新ロゴは1998-99シーズンに間に合うように導入されました。
前ロゴの大きな欠陥は…
それより前、クラブは文字通り、絵で描かれた白鳥によって象徴されていました。その羽は広がっており、城のトップに立っていました。
その一方で、少し不適当だと指摘されるデザインの要素がありました。
現在ブリストル・ローヴァーズFCでチェアマンを務めるSteve Hamerはこう言いました。
「当時のクラブのバッジは、少しガチョウに見えたけれど、白鳥が特徴づけられていました。しかしそれは青の背景を持っていました」
「クラブが他のクラブ、それもたった40マイル上にあって競争の対象になっているクラブ(カーディフ・シティ)のカラーを持っているなんて、驚くべきことです」
「私は今、ブリストル・ローヴァーズにいます。そして我々に最も近い隣人(ブリストル・シティ)は赤でプレーしています。ライバルの色を使用することは、決して起こり得ないことです」
「我々はそれがかなり馬鹿げていると理解しました。そして同様に、当時運営されていたクラブショップの方法も驚くべきものでした」
「それは日曜日朝のチームのために、効率的に運営されていました」
「ショップは素晴らしい女性(Myra Powell)の手によって運営されていました。しかし、マッチデープログラムや奇妙なシャツを除いて、商業活動は全くのゼロでした」
↑現在のショップ
立役者の登場
物事はPeter Barberのスウォンジーへの到着と一緒に変わりました。
ラグビーチーム・オールブラックスやカール・ルイス、フローレンス・グリフィス=ジョイナー(Flo-Jo)を含むクライアントを持つスポーツウェアメーカーであるミズノの、元常務取締役であるPeter Barberは、クラブ全般の商業上の責任者となりました。
彼のクラブと町への関わりは非常に強く、今もスウォンジーに家を持ち続けています。
Peterはクラブとニューバランスの合意に達しました。当時のニューバランスは、まだ今日のようなグローバルブランドには成長していませんでした。そして新しいユニフォームと一緒に、今が新しいロゴに変更する正しいタイミングだと決断されました。
Peterは言います。「私はアウェイゲームの日、Steve(当時のチェアマン)とドライブしていた。私は彼に、あなたがクラブを20世紀に導く必要があると言いました」
「古いバッジはとても悪く、白鳥が何らかのワシのように見えました。Steveは私に、バッジのデザインを依頼しました」
「私はニューバランスと仕事をしていて、白鳥のデザインをアメリカ雑誌で見たことのあったGraceという女性デザイナーと話し合いをしました。私たちは何か似たことをすることについて話しました」
「私たちは6つの僅かに異なったデザインを考え付きました。それは2本の羽だったり、頭が違ったり、違う方法を向いていました」
「それからある日、私はSteveとアウェイゲームへのドライブをしていました。それはマンスフィールドだったと思います。私は彼にデザインを見せ、彼はその場ですぐ決定しました」
「フォーカスグループ(消費者グループへの質問)やデザインを思いつくための数千ポンドの支出、またそのようなものもありませんでした」
「私は、それが一流のバッジとして機能したと思います。現代的なデザインとして際立っており、長年にわたって使用されるでしょう」
「マンチェスター・ユナイテッドのようなクラブ、彼らのようなクラブはグローバルブランドであることから変えられない状態ですが、それに比較しても現代的に見えます。そしてその当時、スウォンジーは今のような状態ではありませんでした」
ロゴが導入された最初のシーズン、ニューバランスのキットは栗色のマークを持っていました。それはPeterが スウォンジー議会によって特徴づけられた色を見た後に組み込まれました。(うまく訳せませんが、スウォンジー議会のロゴと、このシーズンのロゴの色は同じです)
反対、改造、周囲の反応は
しかし、最初の内はその変化が全員に歓迎されませんでした。
オンラインファン雑誌「A Touch Far Vetched」の編集者、Nigel Davisはこう言います。
「私は昔のものが好きでした。新しいデザインはより企業のイメージでした。我々は企業ではなくフットボールクラブ。だからロゴの変更は過渡期でした」
「私にとって、古いロゴはジョン・トシャック時代の代名詞でした。だからそれがなくなるのを見るのは悲しかったです」
「しかしいくつかの点で、新しいロゴは非常に成功した期間を通じてクラブの一部となり、新しい世代にとっては今やノスタルジックなものです。だから私は、なぜ人気なのか理解しています」
実際それが人気なのは、他の人々にとって取り入れられ、さらなる改造をされていたからです。
バッキンガムシャーにあるNewport Pagnall FCのロゴは、しばらくの間、スウォンジー・シティのそれと非常に似たものを身に着けていました。
Peterは話します。「多くの組織がスウォンジーのデザインを見て、その剽窃に取り組みました」
「しかし、それが戦ってこようとする大きな組織でない限り、無視するのがほとんどベターであり、(ロゴを)持ち去らせました」
「私はそれがどれだけ成長してきたのか見て、いまだにこっそりと満足しています」
「私は今、クラブと連絡を取っていません。でも当時私たちがやったことの正当性を証明できていると感じています」
Steve Hamerはこう加えました。「私はかつて、サン・カルラス・デ・ラ・ラーピタというスペインの小さな町で1週間を過ごしました。私はそこで、80歳の男がスワンズのロゴの入ったシャツを着ているのを見てびっくりしました。そしてそこには「Once a Jack, always a Jack」と書いてありました」
「彼は明らかにスペイン人でした。私のスペイン語は、彼にどうして着ているかを直接聞くには不十分だったので、他の人にバーで尋ねました」
「そこで、ここはアンヘル・ランヘルの故郷だと知りました。そしてその年配の男は何らかの親戚でした」
「それは夢であるかのような瞬間であり、そのロゴはPeterが考え付いたものでした」
「彼はクラブにも、フットボールにも非常に熱心でした。彼はスウォンジーに、恐ろしいほど多くのことをしました」
「多くのクラブは、ロゴのために数百ないしは数千ポンドを費やしていたことでしょう」