王さまの月 ショートショート小説2
昔、とある国にとても強い王さまがいた。
王さまは自分が戦いに強く、誰よりも権力を持っていて、それでいて頭が良いことを知っていた。
あらゆる国を征服し、たくさんの将軍に支えられ、多くの妻をめとった。そしてあらゆる財宝を手に入れ、欲しい絵画も、珍しい動物も飼っていた。
けれども王さまは思案顔で、なにやらブツブツと呟きながら玉座をウロチョロウロチョロしているのだ。
「大臣よ、私はあらゆるものを手に入れた。国もたくさん征服したし、美女をたくさん妻にしている。欲しい財宝はいくらでも手に入れている。お前のような部下にも恵まれた。だが、何か物足りない気がするのだ」
王さまが言うと、大臣は頷きながら聞いていた。そして返答する。
「王さまはご存じでしょうか。私の祖国の言い伝えによると、月には不老長寿の秘薬があるそうです。月を手に入れれば、王さまはその秘薬で不老不死になれます。つまり、ただの王さまを超えた存在になるのです」
大臣に言われると、王さまは顔を真っ赤にしながら飛び上がった。
「不老不死だと! それは面白い。しかし月を手に入れることは出来るのかね。月とは本来空にあるものだ。どうしても手に入らないと思うのだが」
王さまが言うと大臣はハキハキとした口調で続ける。
「簡単ですとも。弓を使って射れば良いのです。弓がなくなれば、剣を投げる。槍を投げる。そうして挑戦し続けることで、月というものは落ちてくるのですよ」
すると王さまは疑り深く表情をねじ曲げ、大臣に迫った。
「しかし、それで月というものは落ちてくるのか。現にそれで月が落ちてくるのであれば、すでに多くの者が月を落とそうと挑戦しているはずではないか」
すると大臣は返した。
「よくよく考えてください。私の祖国は滅びました。つまり、この言い伝えを知るのは私と王さまのみです。そして、私と王さま以外に月を落とす方法を知るものはいないのです。兵士たちは馬鹿ですから、訓練などの適当な理由をつければ月を射貫いて落として不老不死の秘薬を手に入れる。これで王国は安泰です」
「それもそうだな」
王さまは上機嫌になって大臣の意見を聞いた。
夜になり、王さまは兵士を集めて言った。将軍たちは眠そうにして目をこすっており、兵士たちは何が何やらわからないと言った風だった。
「それではこれより臨時訓練を行う。目標は月。月に向けて行軍を開始し、王宮に残る兵士はひたすら弓矢で月を射貫くのだ」
将兵たちは意味がわからないと言った様子だったが、逆らえば死刑になるのは目に見えていた。しぶしぶ兵士たちを動かし、王宮の外に出し、残った兵士たちは一斉に月を射貫こうと弓矢を放った。
しかし行軍した兵士たちは目的もわからずにひたすら月を目指すし、残った兵士も矢が尽きてしまう。残りの矢が少なくなり、王さまが不安に思って大臣に尋ねる。
「大臣よ、これで本当に月は落とせるのか」
すると大臣は破顔していった。
「なに、弓を引く力が弱いのです。もっと強く、最後まで諦めずに弓矢を放ちましょう。大丈夫、王さまは諦めないからこの国をここまで大きくできたのです」
「それもそうだ。諦めが悪いのが私の強さだったな」
王さまは機嫌をよくして引き続き兵士に弓矢を放たせた。
夜が更けた。兵士は力尽き、弓矢はもうない。行軍した兵士たちは戻ってこなかった。
王さまは不機嫌になって、大臣に言った。
「おい大臣、これはどういうことだ。すっかり朝になってしまった。射落とすはずの月など、落ちなかったではないか」
すると大臣は笑って言った。
「いいえ、月は落ちたではありませんか。ほら、地平線の向こうに」
すると王さまは、自分の身体が途端に重く、頭から血の気が引くのを感じた。腹のあたりに激痛が走り、よく見ると鮮血が服に染み渡っていく。そこで王さまは気づいた。大臣が言う。
「あなたの兵士たちは、あなたの言うことを聞いて外に出て、残った兵士も弓矢を自ら捨てた。他ならぬ、あなた自身のためにね」
大臣が、王さまを貫く短剣から手を離し、王さまの顔をにらみつける。大臣の目には涙が浮かんでいて、それは悲しみではなく憎しみを帯びている。
「私の祖国は、あなたのために滅ぼされたのです。そしてあなたを守る兵隊も、あなた自身が手放して、あなたの命令で武器を捨てたのです」
王さまは徐々に意識がなくなるのを自覚し、後ろで大きく悲鳴が起こっているのを感じた。
自分を守る兵士は、武器を持っていない。そして征服した国の民たちが、恨みを込めて襲いに来ているのだ――王さまは自分が欲しかった未来のために、自分が築き上げてきた過去を瓦解させた事実を、馬鹿に思うのだった。
落ちていった月が、その日の夜に赤い王宮を照らしていた。
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