見出し画像

インディアン

最古のダンスとは恐らく本質的な部分で、霊魂や祖先、神々。

その他目に見えない存在の為に行われるダンスであろう。

ヨーロッパ人が到着する以前に北米南西部の乾燥地帯に居住するホピ族のように、あらゆる危機を乗り越えて、奇跡的に伝統的なダンスを維持している部族もいる。彼らはダンスの儀礼を中心に暦を刻んできた。(少なく見積もっても1000年以上前)

ホピ族は自然の力に触れる。究極の目的は渇きに見舞われた農作物に雨をもたらすことで、生きた蛇を数ヶ月集める。蛇は神聖な使いで、雲や雨を支配する霊魂の仲間であるとされる。

画像1

このダンスはスネークダンスと呼ばれ、蛇に尊敬の念をもち、手や口に運ばれる。その時ダンサーは、雨乞いの祈りを唱える。衣装からダンスまで全てに意味があり、彼らの振るひょうたんの音も降雨の象徴である。ダンスの終わりには蛇は放たれ、地下に戻った蛇たちが地上で丁寧に扱われたことを神霊に話し、これによって願いが聞き入れられると信じられている。

この儀式は彼らだけでなく、全世界に生命をもたらす手段であると語られる。

画像2


悲劇の歴史に、北方の肥沃な平原で争われた。

最後のインディアン戦争がある。

19世紀、軍隊の後押しを受ける白人開拓者による抑圧は、平原インディアン達を一蹴。生活に不可欠なバッファローなどを駆逐。南北戦争後の10年間に渡り大部分のインディアンが 居留地に押し込められた。自給できない、スー族やシャイン族は政府に頼る事しかできず、不安によって行われるインディアンが行うダンスの力を懸念して儀式を禁止した。

それに応えるようにできたのが、1880年代のゴーストダンスで、

何千人もの人が、餓鬼や生活様式の崩壊を恐れて人里離れたキャンプ地に集まりトランス状態になるまで、何日も踊り続けられていた。

ダンサー達は大きな円を作って、時計回りにゆっくり動くが、その時ユニゾンで斉唱しながら左足で前に進み、右足を後ろに引き寄せるドラッギングステップを行う。(引きずりながら、寄せてくイメージかな?)ゴーストダンスは、自然を愛し、私は生まれ変わるという、自然の象徴と死生観に近い考えも伝えられており、白いゴーストシャツを着ていれば、白人の放つ銃弾から身を守るという信念も広まっていた。そういった危機迫る中、ダンスに没頭してトランス状態に入るインディアン達は高揚し、高速に腕を振り回したり、ありえない小さな姿勢で高速に回転したりしていたとある。トランス状態に入る事は、顕在意識を外し、賢明な助言を与えてくれる祖先との交流であるとされている。

画像3

(アメリカの画家、ギルバート・ガウルは1890年頃に人口調査員としてこれを書いた。白いシャツがゴーストシャツである)

皮肉にも多くのインディアン達は戦争に反対を唱えたが、暴力的な衝突は止められず、ゴーストシャツを着たインディアン達は多数射殺され、1930年代には全ての儀礼的ダンスは禁止された。

近年、ダンスの大部分は年長者しか覚えておらず、この記憶を保護する動きが始まり、北米インディアン集会などの交流が始まり。パウワウ というダンス大会へと発展していった。

こうして、伝統的なダンスは若い世代に伝えられ、パウワウ は何千人も動員する大きな行事となり、北米のインディアンのダンスは今尚踊り続けられている。


膝を曲げてしつこいほどに大地を踏み鳴らす様子は、彼らの大地との結びつきを表すかのようで、母なる大地の恵を体全体で確認しているようである。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?