救急医療における子ども虐待の認識と連携
1. 認識と連携に必要な診療姿勢
子ども虐待とは、「子どもの健康と安全が脅かされているという危急病態」と換言できる。医療におけるこの危急病態へ関わりは、決して「加害者の告発」ではなく「子どもと家族への支援」の契機である。虐待は一過性に終わることはまれで、慢性的に経過する傾向も強く、次第にその重篤度を増す。一方で、子ども虐待の医学的診断には、養育環境に関する情報収集とその評価が不可欠であり、早期診断には慎重な過程を踏む必要がある。同時に、社会的に身体的・精神的予後を考慮した初期対応と並行して、加害となった養育者への共感を同時に示していく配慮と技能も求められる。
小児科医とくに子ども虐待診療に従事している医師は、院内のあらゆる職員(医療・受付事務・トリアージナース・放射線技師・薬剤師)とともに養育環境不良・家族機能不全に陥りマルトリートメント環境に晒された家族に対して関わりを持てるように、職種間は院内報告体制を整えておく。さらに、平時より行政・児童相談所・検察・警察との非医療機関との連携を強化しておくことも重要である。福祉事務所、保育所、幼稚園、学校等の教育機関がリアルタイムに協力し地域による支援活動を主導することも小児科医としての責務である。
2. 病歴聴取と外表所見の取り方のポイント
1) 問診の方法:複数の養育者に同じ設問で問診する。同じ設問を、時間を変えて問診する。発生状況の聴取、発生時の対応の評価(客観性)、発生から受診までの時間経過を評価(救急隊からの情報)する。
具体例:「何が起きたのか?」(オープンに問う)「いつもと変わりないことを最後に確認したのはいつか?」「気がついた異常な症状はいつからか?」
2) 逐語的カルテ記載:主観的な評価を加えない記述方法。「パパ」「ママ」・・本人の表現の方法に忠実に記載する。話した人・内容・気になる言動・患者やきょうだいの言動の記録を徹底。録音・録音による記録も重要
3) 養育者の態度:拒絶された問診の記載などを詳細に記載する。入院や通院を嫌がる、会話がぎこちない、激しく叱責するなどの特徴がある。
4) 家族構成図の完成:家族の中でのキーパーソンの確認と信仰している宗教等の情報の取得に努める
5) 母子手帳による予防接種や結果の確認:身長体重、発達評価、育児に関する周囲の協力や感情に関する養育者の記載を参考にする。
6) ネグレクトの評価:子どもの徴候として、身体の不潔、食事が与えられない、不登校、成長・発達の遅れ(乳児の体重減少は緊急対応)低身長、発育不全、知的発達障害、身体や衣類が汚い(オムツが変えられていない)、オモチャなどを持たない、未治療のう蝕、大人に怯える、異様に甘える、保護者の顔色を伺う、過食・異食などの食行動異常、暴力的な言動、繰り返す家出などがある。養育者の徴候として、望まぬ妊娠・出産、生活困窮、家庭不和、DV環境、非虐待歴などがある。
7) 写真の保存の徹底
外表外傷の治療経過を観察するために写真の記録が必要であることを養育者に説明する。撮影日時・サイズの基準を徹底(L字型の定規スケール)し、治療を要する外傷のみならず、治癒過程や瘢痕化した外傷も全て写真によりカルテに保存する。外傷の位置が確認できるように全体像も必ず撮像する。
3.救急医療における措置判断基準
1) 児童虐待の連続性とその対応の見極め
子ども虐待の発生は、長期間の重篤な状態への連続的な病理を理解する必要がある。重篤になる以前に小児救急医療の現場で未然に認識することが必要である。可能な限りオーバートリアージを許容した対応が望まれるが、一方で、急激にエスカレートして致死的な状態で来院するケースにも遭遇する。常に警察・児童相談所と院内の多機関連携による迅速な評価により、行政による育児支援や児童相談所による早期発見と介入を個々の症例で立案する。
2) 緊急介入(緊急入院管理)適応
緊急介入(緊急入院管理)の適応は、生命の危機とされ緊急介入による即時分離と治療が必要な状態で、①入院治療を必要とする頭部外傷、腹部外傷、広範囲熱傷、およびその他の重篤な身体的所見 ②医療放棄、輸液が必要な重症脱水、長期間の栄養障害の存在(るいそう、飢餓)、著しい低身長や体重増加不良) ④性虐待⑤パラノイアや性行動の問題が重篤で人格障害が疑われる場合 ⑥心中の可能性や保護者の申し出(「殺してしまいそう」などの発言) ⑦衝動的・爆発的な行動が強く自己コントロールが効かない養育者 ⑧長期間の教育ネグレクト、自宅に監禁している養育者 ⑨養育者の身体的・精神疾患により養育ができない養育者などがある。
3) 養育者への説明
緊急入院管理へのステップとして、第一に患者の安全を確保し同時に治療を開始する。具体的な病態ごとの説明案を( )に記載した。体重増加不良(脱水の治療、精査)、骨折(病的骨折の精査、安静)、頭部外傷(脳震盪としての安静と観察、感染予防)、腹部外傷(安静と経過観察、遅発性臓器障害の予防)、出血斑(出血傾向の精査、頭蓋内出血の予防)、発達の遅れ(神経・筋・代謝疾患などの原因精査)。
4.系統的な虐待診療の実際
看護師と協働で愛護的に服を脱がせて、時間をかけて全身を診察する。注意すべきポイントを以下に列挙とした。① 頭部:抜毛の有無 後頭部の診察 眼底検査 ②耳:耳介後部の所見 外耳道〜鼓膜の所見 ③口腔内:口蓋・舌・舌小帯観察 う歯の有無 ④頸部:絞扼による索条痕 ⑤腹部:触診所見 ⑥性器・肛門の観察・診察 ⑦四肢:機能障害と可動域制限 となる。系統的虐待診察の記録には、陰性所見も必ず記載する。
5.良好な新たな治療的人間関係の確立のための技法
救急診療という治療現場に現れた全ての家族と子どもたちに虐待を抱えていると疑われた場合、医療者が「できる限り深い理解」と「感情と行動を区別して接する努力」が求められる。絶望的な状況にありながら、支援を受けられず、援助を申し出ることができず、繊細な感情をもった家族と子どもの素顔が虐待診療の裏に浮かび上がる。治療者として遭遇した人間関係の始まりが虐待の助長にならないための言葉や態度は医療技法として修得しておく。以下に具体的な方法を記述した。「今日は不安そうに見えますよ(反映)」「感情は十分理解できます(是認)」「何かお手伝いします。(支援)」「子どもの健康と安全について一緒に考えましょう(連携)」「すごく大変な状況でしたね(敬意)」などを駆使し、何か問題を抱えている養育者に声かけることからはじめる。
6.子どもたちが受けた虐待を開示する場面の医療者対応の原則
救急医療の現場でも突然子どもから開示される場面も多い。傾聴の姿勢を崩さず、予測される開示への後悔の念への配慮は欠かせない。聴き取った医療者がその後どのような行動をとるのかは具体的に簡潔に伝えることも必要である。慎重に傾聴し、開示してくれたことは「あなたの安全のために誤りではないこと」を確りと言葉で伝えることが大切である。
7.救急外来で発生しうる困難な状況とその対処法
救急外来の虐待対応で医療側が最も困難な場面は、虐待の見逃しや発見に起因する技術的な課題ではなく、虐待を疑われた養育者への対応、特に虐待を抱える家族背景や反社会的気質の養育者に対する毅然とした対応も求められる。医学的常識のみならず一般社会常識が通用しないことも多く経験する。虐待対応においては不測の事態や非常事態を日常より準備が必要となる。
家族が暴れる・騒ぐ場合には潜在する理由があり、その理由を冷静に尋ねる余裕を持つことが必要である。理由が例え理不尽な場合でも医療者側が一歩下がることよって、憤りの感情が収まる瞬間を経験する。相手の立場への尊重は、医療現場での接遇の基本姿勢といえる。
暴力的な行為を行なう場合には、躊躇なく警察への通報を行使する。その場合、継続的な診療に繋ぐためにも、具体的な行為の事実のみを警察に伝える。求められる医療側の姿勢の原則は、相手の態度や言動に対する傾聴、つまりゼロポジションの立場を貫くことである。医療サービスから離れて行く態度に対して、医療側が安堵の気持ちで厄介払い的な姿勢に陥ることが容易に想像できる。医療が進行していく虐待を見逃した場合に社会的には子ども虐待への加担とも解釈されても過言ではない。危急病態を有する虐待事案には、迅速な社会的対応すなわち児童相談所・警察などの関係機関と連携し、迅速に非常事態の収拾を図る必要がある。
8.まとめ
医療機関とくに救急外来での子ども虐待対応では、単なる損傷の治療目的という受診は「点」での接点で医療が開始されることが多く、治療目的での強制入院や保護は法的も不可能な診療場面であることから、極めて関係が切れやすい関係である。保護者の感情に呼応して、救急医療機関自体も感情的になると、その関係持続は全く構築できない不利益が生じ、子どもの安全は確保されない。救急医療機関単独での対応は困難で、地域のネットワークなどに積極的に参加し、関係機関との「線」や「面」の連携を図っておくことは論じるまでもない。
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