山田太郎議員がVISA本社から取った「言質」でクレカ規制は緩和されるのか?
山田太郎議員が引き出した「言質」とアクワイアラ悪玉論
海外クレジットカードブランドによる成年向けコンテンツの決済拒否・停止がかねてから問題視されていますが、大手ブランドの一社であるVisa Inc.(以下VISA本社)を山田太郎参議院議員が訪問し、(VISA本社は)合法コンテンツの取引の価値判断はしない。特定用語で取引規制する指示を出した事はないという「言質」を引き出したことが脚光を浴びています。
余談ですが、様々な方が「VISAの副社長」に会ったという表現をされていますが、よく副社長と訳されるVice President(VP)は外資企業では日本企業で例えれば本部長・事業部長レベルであり、そこまで高いレベルの役職ではありません。
むしろ、ご本人が配信や下記に引用するポストで言及していますが、Chief Risk Officer(CRO)が同席されたとのことで、こちらの方が実際には大きなインパクトがあります。
さて、これを受けて、ネット上、特に山田太郎議員を支持する層の間では「VISA本社は判断をしない」「特定コンテンツに対するワード規制は行わない」という「言質」がとれたことを称賛する声が上がっています。また、この「言質」が取れた以上、中間に居るアクワイアラや決済代行会社の現場判断で規制を行っていると考えられるため、それらを追求することでクレカ規制が緩和の方向に向かうのでは、と考える人も少なからず居るようです。いわば、アクワイアラ悪玉論です。
私も、VISA本社が直接コンテンツの価値判断を行ったり、具体的な規制ワードを定めたりすることはなく、実際にそれらはシステムに連なるアクワイアラ等が行っているだろう、という事には異論ありません。
しかし、何の根拠もなくアクワイアラ等がそのような規制をするビジネス上の必然性もなく、そこにはVISA本社との関係において何らかの理由が存在して然るべきです。
アクワイアラ等を詰めれば問題は解決するのか?
アクワイアラ等が「現場の判断」を行うことの有力な理由として考えられるのが、VISA本社が定めている「Visa Core Rules and Visa Product and Service Rules」にある下記の文言です。
要約すると、アクワイアラ、加盟店などのメンバーはVisaのマーク(要はブランド)やVisa Inc.と関連会社の信用を損ねる可能性があるため、
・児童性的虐待
・近親相姦
・獣姦
・レイプ(またはその他の同意に基づかない性的行為)
・同意に基づかない人体または身体部位の切除 - 要はいわゆるリョナ
に関連する写真、画像、マンガ等の購入・取引にVisaブランドを使用してはならない、という規定です。
上記項目は、近年実施されて話題となったたpixivの規約改定でも「国際カードブランド等の規約」での禁止事項として挙げられており、記憶に新しい方も多いと思います。
何故国際カードブランドがこのような規定を設けたかの経緯・背景については、下記に引用する文春オンラインの山本一郎氏の記事が分かりやすいと思いますが、VISA本社の規定では「Integrity Risk」と言う言葉が用いられています。
「Integrity」とは「誠実、正直、高潔、品位」などを意味する言葉であり、他律的な政府等など会社の外部が定めた法令の順守(Complience)だけでなく、自律的に誠実な活動を行っていく、という概念といえます。
VISA本社の規定によれば、上に挙げたような表現・コンテンツはIntegrityを実現していく上でのリスクであり、ブランドを毀損する可能性があるため、自社のブランドを使用して取引を行ってはならない、としています。
この規定がある以上、アクワイアラ等にとって、上記のような表現を含むコンテンツの決済を行うことはVISA本社との取引を継続する上で非常に大きなリスクとなります。であれば、「現場の判断」でワード規制や場合によっては取引規制を行い、VISA本社がブランド毀損のおそれがあるとする取引を除外せざるを得ない、と考えるのが妥当です。
上記の状況を鑑みると、山田議員が本社の「言質」を取ったことを根拠にアクワイアラ等に規制の緩和を要求しても、容易に出来ることではないことは明白です。この辺りは、NPO法人うぐいすリボン理事の荻野幸太郎氏が下記の通り、分かりやすくポストしています。
山田太郎議員が今行っているのは地道な現状確認であり、何か一足飛びに事態が解決されるようなものでは無いと思いますし、ここであまり期待値を上げすぎるのは考え物です。
DL.Getchu.comのVISAカード決済再開は山田議員の「功績」か?
ところが、山田議員のVISA本社訪問の報の直後という絶妙なタイミングで、美少女ゲームや同人誌のダウンロード販売サイトであるDL.Getchu.comがこれまで停止していたVISAカードでの決済を再開したという報が入り、界隈がまたにわかに色めき立ちます。X上では、これを山田議員がVISA本社から言質をとったおかげだ、とポストする人が続出していますが、果たしてそうかは非常に疑問が残ります。
というのは、DL.Getchu.comの「コンプライアンスポリシー」はここ数年にわたり改訂されてきており、VISAのルールに即した禁止事項が設定されているからです。
Wayback Machineとテキスト比較ツールのdifffを使って、2024年1月10日時点のスナップショットと現在公開されているものを比較すると、
・禁止対象に近親相姦が追加
・「幼児」を対象とした性的表現から「未成年」を対象とした性的表現の禁止となり、高校生も制限対象に
・「人身売買、性売買、または虐待を促進または助長するような表現」の禁止
と、より厳しい規制になっています。
更に過去のバージョンに遡って比較しても、徐々に禁止事項が厳しくなっており、カード会社側との調整を行っていたと考えられます。
DL.Getchu.comについては、過去にVISAのみならず、Master CardやJCBとの取引が停止になり、MasterとJCBはVISAに先駆けて再開されていましたが、数度にわたる「コンプライアンスポリシー」の改訂は、カード会社、アクワイアラ等との表現を巡る交渉があったのではないか、という事を示唆します。そして、最新版での改訂により、カード会社側の要求が満たされたため、今回の取引再開に至ったのではないかと考えられます。
カード会社、アクワイアラ等にとっての取引停止は前に触れた「Integrity Risk」の回避を目的とした手段であり、それが加盟店の規制強化で達成されたのであれば、継続する理由はありません。
本件については下記のような指摘もなされており、既に規制されていたコンテンツは未だ復活していないようです。
つまり、DL.Getchu.comのVISAカード決済が復活したのは、山田議員のVISA本社訪問に起因するものではなく、DL.Getchu.comがVISAのルールに準拠するよう規制を強めた結果、決済を規制する理由が無くなったから、という理由の可能性が高いということです。
上記はてブにも引用されている作家さんのブログを見ると、規制の対象がタイトルのみならず内容にも及んでいるとのことで、かなり厳しい状況となっています。
この件はより強い禁止事項が設定されてしまったということであり、それであればVISA決済が再開されない方がマシとも言えますが、事業者としては売上機会の損失に直結するため、背に腹は代えられないのかと推測します。
【追記】
ただし、DL.Getchu.comの禁止事項にはVisa本社の規約では禁止事項としていない表現(例えば「人身売買、性売買、または虐待を促進または助長するような表現」)が追加されており、これが自主的に追加されたものなのか、何らかの信念に基づいて規約を拡大解釈し追加の要求をした何者かが居るのかは判然としません。
おわりに
クレカ規制は根の深い問題であり、国会議員がカード会社に談判に行ったから直ちに解決、というような「特効薬」はあり得ません。
だからといって今回の山田議員の動きが無駄であるわけではなく、ご本人がポストされているように、今後もアクワイアラへの確認などを行い、関係者がお互いどこまで妥協できるかの落としどころを探っていくことになるでしょう。
そういった意味では、今回の「言質」を取り違えてアクワイアラ悪玉論に走ったり、事実誤認で山田議員の「功績」を騒ぎ立てても、何ら今後に資することは無いと思います。
いたずらに動向を騒ぎ立てるのではなく、当面はJCBカードなど、まだ規制があまり及んでいない決済手段も活用しつつ、引き続き事態を冷静に見守るのが良いかと考えます。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?