書評:オッペンハイマーはなぜ死んだか(西岡昌紀)
歴史的事実や文献を集めて、そこに著者の考察や意見を載せていくエッセイとして非常に面白く読めた。
タイトルや帯は若干大袈裟な気がする。あえて過激にしてるのかも?オッペンハイマーの死因は何かというタイトルにしてれば、当然本の中で何かしらの強い結論に帰着してくれると期待する人もいるだろう。このせいでアマゾンの書評レビューの星が下げられているような気がしなくもない。(笑)
あとがきの後に掲載された二つの補論も合わせて面白かった。
・アメリカ人が理解できない日本人の感情
・「広島レクイエム」をアメリカ人はどう受け止めたか
大きく3つのテーマ(長崎・死因・原爆感情)が緩く繋がっている感じで、掲題のオッペンハイマーの死因についてはあまり過度に期待しない方が良い。
以下 #ネタバレ で語る
まえがき
トリニティ作戦の爆心地で撮られた写真。高山正之氏がLA空港で会ったユダヤ系のタクシー運転手から受けた謝罪の言葉。多くの人がオッペンハイマーについて語ってきた。日本人がノーベル物理学賞を複数受賞したのはプリンストン高等学術研究所でオッペンハイマーが日本人を多く招聘したのも要因ではないか。
第1章 長崎に原爆が投下された謎を解く
1945年8月9日、福岡県小倉から標的が変更になった原因は悪天候である。現場判断で投下不可だと判断した爆撃機は福岡からまっすぐ南の基地へ帰還していたが、熊本上空で燃料がギリギリだったのにもかかわらず急旋回して長崎に向かった。この小倉から長崎に至る部分については不自然なことに公式記録が何も残されていない。そこから推測するに、おそらく帰還途中で「なんとしてでも本日中に原爆を落としてこい」と命令されたと考えるのが妥当である。当時のプルトニウム爆弾は安定性が低くて、爆弾を組んだらすぐに爆発させる必要があったので、基地まで持ち帰ることは莫大な費用をかけて作ったプルトニウム原子爆弾を一発まるまる無駄にすることを意味した。グローヴスはこれを無駄遣いにしないために原爆投下を強行したのではないか。
第2章 アメリカはなぜ日本に原爆を投下したのか
俗に言われる「米国兵100万人の命を救うため」という説は嘘である。アメリカ軍の当時の計画でさえ予測死亡者数は最大で5万人だった。原爆投下で広島と長崎を合わせて22万人が死んだし、その前の東京大空襲で11万人が死んでいたので、それらの大虐殺に見合うくらいの大きな数字にしないと説明がつかないから発言したデタラメだと考えるのが妥当である。
他の通説である「日本が降伏しようとしなかったから原爆を落とした」も「ドイツが降伏したから日本に変更した」も嘘である。日本はすでに《最低限の面目を保って降伏する方法》を模索中だったし、ドイツ降伏はおろかノルマンディ上陸作戦の1年以上前の1943年5月の時点でアメリカは日本に原爆を落とす計画を進めていた。
第3章 オッペンハイマーの癌
オッペンハイマーは咽頭癌で死去した。マンハッタン計画やトリニティ実験で放射線を被曝したのが原因ではないか。広島や長崎に原爆投下後に訪れた人達が原爆症になっている状況に鑑みると、その可能性は捨てきれない。
第4章 アメリカは、いかに「原爆」を検閲したか
検閲は社会主義国家のもののように語られがちだが、民主主義国家でも検閲はあると考えた方が良い。実際にアメリカがベトナム戦争に負けたのは検閲に失敗したからで、大東亜戦争も湾岸戦争も検閲がうまく行ったからアメリカは勝てたとベトナム戦争時代に国務長官だったラスク氏は述べている。オッペンハイマーがトリニティ実験の2ヶ月後に爆心地で写真を撮ったのも、広島や長崎から報告される原爆症がデマであると社会を納得させるための印象操作だった可能性がある。
終章 オッペンハイマーの死は何を語るか?
オッペンハイマーが咽頭癌を発症したのと、マンハッタン計画での放射線被曝の因果関係の証明は不可能である。それは現代医学や疫学の限界である。ただし世界には死後300年経過してから遺体を化学調査して毒殺を特定したケースもあるので、遺体の保存状態次第では今後に判明する可能性はゼロではない。
マンハッタン計画に携わった全ての人や組織が原爆投下の責任を持っていると言えるが、オッペンハイマーだけが実現できた罪は、放射線被曝の危険性を認識していながらトリニティ実験の爆心地での記念撮影に応じたことである。これは世界に原子爆弾の科学的真実を隠すことに加担したという意味で科学への裏切り行為であり、神は存在して彼を裁いたのではないかと考えざるを得ない。
あとがき:森永晴彦先生とオッペンハイマー
森永晴彦教授の「原子力は嘘をついてはいけません」という言葉を思い出すたびに、オッペンハイマーが爆心地で撮影した写真を思い出す。オッペンハイマーはマンハッタン計画への参加の条件に科学者による自由な討論を入れていたのに、結果的に原子爆弾の危険性を隠す側に回ってしまった。科学者という存在とは何なのか?
補論1)アメリカ人が理解できない日本人の感情
日本を除くほぼ全ての国の人達は日本人が原爆を落としたアメリカを恨まない(仕返しの意思がない)ことを理解できない。何なら外国人は日本人が嘘をついて本心を見せてないと疑っている。これは極論すれば日本文化が「死者の文化」であり、原爆被害者の多くが抱くのは「生存者の罪悪感」だからである。この思いの深さを外国人に理解させるのは困難である。
補論2)「広島レクイエム」をアメリカ人はどう受け止めたか
1985年にレナード・バーンスタインは糀場富美子の『広島レクイエム』を絶賛した。1995年に糀場富美子がアメリカのミネアポリスで『広島レクイエム』の演奏会に招かれた時に、現地の白人新聞記者は悪意のある記事を書こうとしたが、糀場氏と直接話す機会を持つと糀場氏の優しさに触れて記事は好意的なものになった。アメリカは「日本が恨んでいるのではないか」という被害妄想に近い思い込みを持っているのだろう。また同じタイミングで、現地でコリア系とチャイナ系が「日本も残虐的行為をしたのに広島だけにスポットを当てるな」と抗議デモを起こしたが、デモ団体の代表者が糀場氏と直接話す機会を持つと糀場氏の優しさに触れて演奏を認めるという《事件》があった。その後2000年代に入るとコリアは従軍慰安婦問題を持ち出すようになるが、この時からコリアとチャイナは反日活動のための題材を探していたのではないかと思われる。
END OF BOOK
単行本で207ページだが、字が大きくて結構すぐに読めると思うので、いろんな人にオススメしたい。
長崎に原爆を落としたのは、色々な理由や巡り合わせはあったけど、要するに、その日に投下しなきゃ原爆も無駄になるし、マンハッタン計画も金銭的に失敗扱いされることになるから無理して投下しただけじゃない?…という考察は面白い。
そして、証拠はないけど、たぶんそうなのだと思う。
この考え方は、その後の放射線被曝の健康被害を隠蔽する流れやクロスロード作戦の強行が導いたアメリカ兵の被曝被害まで、綺麗に一致する。
本のタイトルにしておきながら、オッペンハイマーの癌との因果関係はわかりません、と言うのはまあ誠実で良いと思った。そして筆者が強く問題意識を持つところの、科学に携わる者が嘘をつくことへの怒りにはとても強く共感できる。
オッペンハイマーと長崎を結びつけるのが「神とは何か」という問いなのは、ちょっとドライブ感が強すぎる気もするが、因果関係はともかく、発想の繋がりとしては十分に納得できるし、面白い。
(了)