2016年版の映画『スーサイド・スクワッド』の編集担当者がついに当時の作業について語っていたので解説する
2016年版の『スーサイド・スクワッド』で編集を担当したケヴィン・ヒックマンが当時の「クソ疲れた(grueling)」仕事について英国Webサイト「シネマブレンド」のインタビューに答えました。
米国では監督と編集が分業になっていることが多く、本作でもヒックマンはエアーの撮り溜めた映像を、エアーの脚本に沿って編集していたようです。しかし編集作業も細かな仕上げを残して終わりという時点になって、ヒックマンはスタジオから驚愕の業務指示を受けたのでした。以下の引用部分は基本的にヒックマンの発言とされる箇所を拾ったものです。
ラフカット完成後に方針変更したせいでやっつけ仕事に
意訳)
▼100万フィート(300km)はあろうかという量の撮影フィルムから「多数のキャラを紹介して背景を語って最後に友情を築く物語」を仕上げるのは大変な仕事だった。▼ラフカットができた頃にワーナー・ブラザースから変更を要求されて、オリジンを冒頭に寄せてギャグを入れる必要が生じた。▼WBは『BvS』の苦戦と『デッドプール』の大成功を受けてパニックになっていた。▼映画完成のギリギリまで作業して、45分の丁寧に綴っていた物語を20分の粗雑なダイジェストに圧縮した。▼映画を短くまとめるためには、時間に「効率的」な表現手法を採るしかなかった。
最近はデジタルフィルムが主流ですが、エアー監督はこの作品を実際のフィルムで撮影したそうです。これは夜のシーンがデジタルよりも美しく撮れるからです。またフィルムはVFX加工に強いという属性もあるようです。しかしながら編集担当者からすれば、PC上でポチポチやればいいだけのデジタルと異なり、実際のフィルムを扱いながらの作業になるので、これは大変というものでしょう。しかも予算が潤沢な作品だったので、フィルムロールの数が他の作品の比ではなく大量に山積みされていたのだろうと思われます。(さすがに100万フィートは誇張表現だと思いますが。笑)
最初からダイジェストを目指していた訳でもない素材を、なんとか見れる形にまとめた彼の苦労が思いやられます。ダイジェストについてはヒックマン本人の言葉で下記のように表現されていたので、ネガティブな感情を持っていると考えて良いと思います。
原文)
In the original structure, the characters are kind of introduced in linear fashion and the way that it ended up, we spent the first 20 minutes like bam, here's this guy, bam, here's this person, here's their origin, here's their backstory. So we kind of shoved everything into the viewer's face right up front so that we could get the story going. Whereas in the original structure, it kind of happened in many events.
意訳)
本来の構成では、それぞれのキャラクターを順番に語る形式で紹介していく計画だったんだけど、結局どうなったかというと、映画の最初の20分も使って僕らは、ばんっ、これがキャラの外見と名前だよ、そして、ばばんっ、これが性格、これがオリジン、そしてこれがバックストーリーです!というのを繰り返し、とまあこんな感じで僕らは観客の顔にいきなり全部押し付けてしまうのさ、これで物語をさっさと始められるからね。もう一回言うけど、本来はこれらは映画のストーリーの複数のイベントを通じて順番に紹介していく構成だったんだ。
ユーモアを交えて明るく話していますが、完成品を揶揄しているのは明白です。本来の構成で一度ラフ版まで作り上げていた、それだけでも大変な仕事だったのに、急に方針転換を命じられて、締め切りギリギリでやっつけ仕事のダイジェスト版を作らされるのは、絶対に腹が立つことだったと思います。そりゃ「くそ疲れた(grueling)」とも言いたくなるでしょう。
たしかに完成した映画を見るとアマンダ・ウォーラーが順番にページをめくる度にまるで格闘ゲームのキャラクター選択画面のようなテロップ映像になって、それぞれのオリジン(というか収監されるに至った経緯)をばんっ!ばばんっ!!と見せるのを繰り返していました。
特にハーレイのシーンはジョーカーとの絡みもバットマンのアクションも大幅に削られたことがエアー監督の証言などで既に分かっています。デッドショットはウィル・スミスが醸し出すコミカルな雰囲気やジョークが買われて多く残されたのだと思います。
未使用のレトジョの大量のフッテージ
意訳)
▼ジャレッド・レトはガチのサイコ野郎を現実に表現するため本当に良い演技をした。▼レトの素材はあまりにも多くてアドリブも多かったので映画にフィットさせるのは難しかった。▼しかしジョーカーというキャラクターを肉付けするピースだった。
また一つジョーカーの素材がたっぷりあったことを裏付ける証言が増えましたね。
レトのアドリブはしばしば脱線して喋り出すことも多かったらしく「脚本にはフィットしてなかった」とヒックマンも述べています。ただそれはあくまで「120分の時間に収めるためには筋書きに乗って話してほしい」という編集者都合の話であって、ジョーカーという人物を表現するためには必要な要素だったともヒックマンは認めています。
思い返してみると2019年の『ジョーカー JOKER』でも、物語の中盤以降にだんだん気が狂ってくるジョーカーは冷蔵庫に入ってしまうなど常人には意味不明な行動を取ります。でも常人には理解できないからこそ、怖いんですよね。映画の尺の都合と、明るいギャグ路線にしたかったというだけで、ガチのサイコ野郎を演じたレトのシーンがカットされたのは残念の極みです。
一応、レトの本来のキャラクターは2021年リリースされたスナイダーカットの追加シーンで日の目は見たのですが、元々撮ってあるんだからデヴィッド・エアーの作品として是非とも観たいものです。
編集担当者が『ブラックホーク・ダウン』を挙げた意味
意訳)
▼私もデヴィッド・エアーのバージョンを見たい。彼が目指していたのはもっとダークで果敢に攻めるタイプの、まるで『ブラックホーク・ダウン』のような映画だった。ミリタリー要素たっぷりの。▼もちろんウィル・スミスのコメディ要素もあるがトータルではダークな作品だった。
ここでヒックマンがダークでシリアスな路線の超名作『ブラックホーク・ダウン』を出しているのは注目すべきポイントです。というのも、この作品は戦争映画としてはそれまでにないくらいリアルで緊迫した見せ方に徹して2002年に第74回アカデミー賞で編集賞を受賞した作品なのです。
そんなことはヒックマンは百も承知だと思うので、自身が編集として携わった作品の引き合いにこの名作を出したからには、ヒックマンは当初のエアー監督のビジョン通りに作った『スーサイド・スクワッド』には自信があったことを示唆していると考えられます。
デヴィッド・エアー監督は大作を撮れる映画監督としては珍しく、スラム街の育ちで軍隊経験があるため、それを色濃く反映した徹底してリアル志向の演出スタイルが『エンド・オブ・ウォッチ』や『サボタージュ』などで評価を得ていました。要するに、監督自身(または友達)が本物のワルだったから、ワルを描くのが(圧倒的に)上手いのです。『スーサイド・スクワッド』でも当初はそういう路線で撮影・編集していたのですが、スタジオ主導の方針変更があり出来上がったのはファッションだけがワルっぽい中身のない映画でした。ラフ版まで仕上げていて手応えを感じていたヒックマンとしても、その通りにリリースできなかったのは悔しかったでしょう。
どちらも特典映像が素晴らしいのでブルーレイを推薦します。特にサボタージュの別エンディングはシュワルツェネッガーが迫真の演技を見せており非常にハードな結末からしても『エアー・カット』と呼ぶに相応しい内容で必見です。
・・・
エアーカットが実現する勝算はあるか?
意訳)
▼エアーカットが実現するかは分からないね。なにしろ今はジェームズ・ガンのリブートが公開直前だから。私はまだ観てないが予告編を見る限りでは楽しそうだ。デヴィッド・エアーとは明らかに違うヴァイブスを感じるけど、私はジェームズ・ガンの作品のファンなのでそちらも楽しみだよ。▼
最後の「楽しみにしている」発言は両監督のファンへの多少のリップサービスはあるかもしれません。笑(ハリウッド的な分業制の中でプロの編集者として働いている方なら個々の作品への愛着はそれほど高くなることも無さそうなので;事実、2021年まで彼は沈黙を貫いていた訳だし)
とはいえ上述した通りで、ヒックマンがエアーカットには只ならぬ手応えを感じていたのは確かなようなので、リリースに対してポジティブな意見を持っているのは事実でしょう。
・・・
ワーナー・ブラザースは最近になって従来の『DCエクステンデットユニバース』から『DCマルチバース』へとしれっと名前を変えました。前者が「一つの宇宙が広がって複数の映画を含んでいる」のに対して、後者は「複数の映画がそれぞれ独立して存在する」ことを意味する英単語になっています。
DC Extended Universe := extend(拡大) uni(一つの) verse(世界)
DC Multiverse := multi(複数の) verse(世界)
2012年にザック・スナイダーが立ち上げた世界(狭義のDCEU?)から離れて、以降のDC作品は独立路線で展開していきます。なのでジェームズ・ガンの新作は別の世界線の物語になります。つまりパラレルワールドですね。
しかし、それなら、逆にデヴィッド・エアー監督が作ろうとしたビジョンも別世界として作品化されても良いはずです。しかも映像はヒックマンの証言通り大量に撮影済みなので、あとは編集するだけです。というかラフカットが残ってるならそれで良くないですか。笑(もちろん細かくはVFXやBGMや音響など追加したい要素はあるかもしれませんが)
私はヒックマンと同じく、2021年6月時点では直近にガン監督のリブート作『ザ・スーサイド・スクワッド “極”悪党、集結』の公開が控えているので、プロモーションの都合上さすがに今すぐは難しいと思います。ただし、今年の秋冬くらい以降であればファンが望む声が高まればエアーカット公開の現実味が増してくるのではないか、と見込んでいます。
了。
面白かったら拡散してね
おまけ
デヴィッド・エアー監督本人がフッテージは150万フィートであると証言していた!笑
スナイダーが見せてくれたレトジョの本気↑
最後まで読んでいただきありがとうございます。ぜひ「読んだよ」の一言がわりにでもスキを押していってくださると嬉しいです!