2017年版のジャスティスリーグに見られるジョス・ウェドンの最低なジョークの解説
2017年の映画『ジャスティス・リーグ』でジョス・ウェドン監督が撮影したひどいジョークについて解説します。日本語字幕では翻訳者が日本人にわかりやすいジョークに変えてしまっているので、原文で見ないとこの酷さは伝わりません。私自身も映画館で観たときは日本語字幕に流されたのと、聴き慣れない単語だったので理解できませんでした。
あなたはサースティな女だってクラークが言ってたわ
まずは問題のジョークを含んだ台詞を紹介します。
これはマーサとロイスが逝去したクラークを偲んで会話する場面で、マーサが「クラークの過去の発言」をロイスに伝える台詞です。
原文:
He said that you were the thirstiest young woman that he had ever met... Hungriest.
日本語訳:
彼は言ってたわ。あなたは彼が今まであった中で一番サースティな若い女だって。あ、言い間違えた、ハングリーね。
このように、間違えて「サースティ」と言ってしまったので、慌てて本来の「ハングリー」に訂正するというジョークになっています。なお英語では形容詞の最上級なので語尾に-estがついています。
サースティ?なにそれ?
この単語、読者の皆様はパッとお分かりになるでしょうか。
thirsty(サースティ)の直訳は「喉が渇いている」です。
ただし「性的に飢えている」という意味でも用いられます。
hungry(ハングリー)の直訳は「空腹である」です。
ただし「野心的である」という意味でも用いられます。
日本でもハングリー精神という言葉は認知度が高いと思います。
つまり、この場面では、
マーサがロイスに対して
「You are hungry young woman(あなたは野心的な若い女)」
と言うべきところを、間違えて
「You are thirsty young woman(あなたは性的に飢えた若い女)」
と言っているのです。
ジョークでもこんなことを言うの、どう思いますか?
怪訝なロイスの顔を見て、マーサはすぐに訂正してロイスも一応笑ってくれますが、なんとも気まずい余韻が残ります。なお劇中のこの時点ではマーサとロイスはともに愛する伴侶を失って孤独に暮らす未亡人であり、彼女らの隠れた欲求不満が垣間見えてしまったとも解釈できるシーンになっています。ひどいと思いませんか?誰か止めるヤツいなかったのかよ?
しかもロイスとマーサが話す直前にはロイスがテレビの音量をミュートするショットがありますが、そこでは夫をパラデーモンに誘拐された初老の女性が不自然なほど怒り狂って放送禁止用語を連発して叫んでいました。静かに悲しむ女性でも成立する場面をあえてヒステリックな女性として演出している、という点にウェドン監督の意図があります。
なおロイスはバリバリのキャリアウーマンで年齢はクラークよりも少し上、おそらく35歳くらいかもう少し上の設定だと思われます。演じているエイミー・アダムスの実年齢は撮影当時43です。そこに亡くなった年下の彼氏の母親が訪ねて、故人の思い出話をしてるときに母親が「そういえばあの子、ロイスって僕がこれまで出会った女の中で一番性欲モリモリだよ、と言っていたわ」と誇らしげに語ったらと想像してみてください。その気持ち悪さたるや。これをネイティブの方々は直撃で喰らっていたのです。
このシーンはウェドンによる追加撮影だったので、軽い雰囲気を演出するべく役者の衣装は妙ちきりんに明るく、壁やデスクなどのセットは昼ドラのようにチープで、照明は単純で陰影の奥行きが皆無で、過去作でザック・スナイダーが作り上げてきた世界観や映像美はほぼ失われてビジュアル面での一貫性が消失しているため、一層いびつに見えます。このシーンは全てが「低予算で脚本もダメな昼ドラ」のクオリティです。MoSとBvSまでのカッコ良かったデイリープラネットはどこへ?苦笑
どちらの監督の仕事か一目で分かるから、逆に良かった可能性も?笑
翻訳家の気づかい
英語を知らないと理解しにくいジョークは、しばしば翻訳家の手によって別内容の日本語のダジャレに変換されることがあります。ジャスティスリーグでも下品極まるジョークに対して担当者が気づかいをしてくれました。
日本語訳(オフィシャル版):
彼は言ってたわ。あなたは彼が今まであった中で一番アングリーな女だって。あ、言い間違えた、ハングリーね。
サースティは語句自体の認知度が低いので、アングリーに変換してくださったのでしょう。アングリーなら日本でも比較的有名ですし、ハングリーと音が似てるのでダジャレであることが分かりやすいです。まあ音が似てても意味が離れすぎているのでナチュラルに言い間違えることはなさそうですが、字幕翻訳としては良い判断だったと思います。
だから当時気づかなかった自分を責めないでください。あなたは翻訳家の良心に守られていたのだと、アンゼたかし先生に感謝しましょう。笑
これはジョス・ウェドン監督の得意なジョークだった
映画評論家の町山智浩さんのポッドキャストによると、このサースティとハングリーの言い間違えジョークはウェドン監督のお約束ギャグらしく、彼が監督した別の映画でも全く同じ会話が出てくるそうです。つまりワーナーブラザースの経営層から鳴り物入りで指名された新監督が意気揚々と自慢のギャグを現場にぶち込んできた状況です。それまでスナイダーと熱心に仕事をしてきたスタッフ・キャストの心労が思いやられます。
こういうのは映画業界に限らず、現場に新しく配属された上司やコンサルが、自分の成果を示すためにとにかく前任者と違うことをやろうとすることはよくあります。この作品ではまさにそうなってしまったと考えられます。
世間が下した評価
ご存知かもしれませんが、2017年に公開されたジャスティスリーグでは、本来の監督ザック・スナイダーが家庭の不幸を理由に降板した後にジョス・ウェドンが交代で入りました。ウェドンへの引き継ぎを決めたのも、彼に大量の追加撮影を許して莫大な追加予算を投じたのもワーナーブラザースの経営層です。
そして部分的な追加だけならまだ理解の余地がありましたが、ウェドンはすでに完成していたシーンを再撮影して差し替えたり、アクションシーンのカットや時間を削ってテンポを上げたりすることで、どんどん作品のテイストを自分の色に変えてしまったのでした。このため予告編に見られたシーンの多くが劇場版から消えたり、今回解説したサースティのように低俗なジョークとギャグが地上波テレビのCMのようにしょっちゅう顔を挟んでくる、まるで不完全なキメラのような心地悪い作品に仕上がりました。
結果として作品『ジャスティス・リーグ(2017年の映画)』は、批評家の支持を得られず、ライト層のファンが鍵となる興行収入は赤字になり、そしてスナイダーの前作・前々作から支援してきたコア層のファンには拒絶されて嫌悪される対象となったのでした。期待してたものが無くて、余計なものが目障りな状態だったのだから、コア層の反応は当然の結果でしょう。
日本に関しては、言語の壁が非常に厚いこともありジョークの低俗さがあまり伝わりにくいのと、そもそも日本ではセクシャルな表現に対してそこまで厳しい文化的な土壌がまだあまり形成されていないこともあり、強い嫌悪感を抱かないまま最後まで鑑賞できる方が多いようです。部分的にピックアップして見ればザックが撮影したクールな映像が時々出てきますから、日本人には案外そういう所しか印象に残らないのかもしれません。しかし世界的にはかなり強く嫌われているのは、今回解説したような背景があるからです。
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長くなってきたので、一度ここで切ります。
次回の投稿では、なぜこのような低俗なジョークを使いたがる監督が起用されて、そのまま作品が完成してしまったのかについて考察します。
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了。