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「ミレイユの右へ」48

 

第四十八回 相談




 絢と絹子さんは、どうもそのまま益城町まで移動して、熊本空港から空路で東京へ向かったらしい。
 後で分かったことなので、取り残された久埜達は足取りが分からず、意思疎通はそこで途絶えることになる。
 どうにも、後味の悪いことになり、まだ温泉手形に貼ってある確認シールは一枚残っていたが、久埜達はそのまま引き揚げることになった。
 真史に事情を知られるのは絢の気持ちを考えると久埜も早紀も判断が付かず、帰りの車内での会話は弾まなかった。
 真史も、あえて何があったのか問いただすようなことはしなかった。

 帰宅後、明らかに沈んだ感じの久埜に対して、家族は気遣ったのか、そっとしておいてくれた。
 親友がいなくなったのだから、という解釈なのだろうが、気持ちの整理の付いていない久埜にとって、それは有り難かった。
 ただ、耕に対してはどこかで申し訳ない気持ちが働いてしまい、素振りや言動がぎこちなくなってしまう。
 きっと、おかしく思われているのだろうなあ、と久埜は思った。
 二三日が過ぎた頃から、このままでいいのだろうかという思いが強くなり、そもそも絢の自分に対しての気持ちとは何なのだろうか、という疑問が頭を占めるようになりだした。
 ……木村先生に相談するなら始業式の前だなと思い、散々躊躇った後に、連絡網のプリントから番号を探し出して、自宅へ電話した。
 絢のことについて相談したいとだけ話すと、少し間があって、次の日は一日家にいるから、こちらへ来なさいとの返事だった。

 電車の停留所から記憶を辿って住宅街へ向かった。
 見覚えのある角を曲がったとき、前に来たときは絢と一緒だったと思い返すと、その立ち姿が現実の風景に二重写しのように見えてくる気がして、久埜は少し驚いた。
 そんなに詳細に覚えているほど、自分も絢を見つめていたのだろうか。
 不可解な動悸を感じながら歩いていると、先生の家が見えてきた。
 相変わらずの雰囲気で、少女漫画から抜け出てきたような瀟洒な家が、春の佇まいでそこにあった。
 先生は窓際に立って覗いていたらしく、久埜が玄関ポーチに立つとすぐに内側からドアが開けられた。
「いらっしゃい」
「……お邪魔します」
 内部は模様替えもなく、程よくとっ散らかった感じの、いつか来たときの印象と変わっていなかった。
 久埜は絢から間接的に木村先生の本を借りたり返したりしていたが、自宅まで来ることは結局あれから無かったのだった。
 応接室のベントウッドチェアに座っていると、前回同様手間の掛かった紅茶が供された。
「ありがとうございます」
「畏まらなくていいのよ。もう、あなたも美術部の代表みたいなものだし、もっとフレンドリーで行きましょう」
 ああ、その件もあったんだと思った。
「……本当に、絢がいたら部長とか適任だったというのか」
「まあ、そうなんだけど仕方ないよね。本人が一番辛かったんじゃないかと思うし」
「で……」もう、この流れで単刀直入に訊いてしまえと思った。
「絢の、その、ある気持ちについてなんですけど」
「……ははあ」木村先生は、本当に嬉しそうに身を乗り出してきた。
「告白されたのね?」
「そ」猛烈に顔が火照った。
「そうなんですけど、どうすればいいのか」
「嫌だった?」
「嫌じゃないんですけど」
「なら、素直に気持ちを受けとってあげたらいいのでは」
「受けとったとして、その後どうすれば?」
「どうって、それはあなた次第では?」
 何だか会話が成り立っていない。
「……あの、木村先生は、ひょっとして絢の気持ちに気づいてました?」
「あなたを美術部に連れてきたときから、何となくね」
「……そうなんですか」
「私、中高ともに私立の女子校だったから、何度となくそういう感じの人達見てるのよ。で、分かったことがあったの」
「……何です?」
「所謂、同性愛って括られているものって、凄くいい加減な概念だなって。実際にはもっと多様なんじゃないかって」
「よく分かりません」
「女子校だとレズ、男同士だとゲイ、ホモ、薔薇族とかそのくらいしか思い付かないじゃない。……まあ、お耽美はこの際フィクションに近い物と考えることにして」
「はあ」
「話を絞って女子校オンリーで考えると、ボーイッシュなバレー部の先輩が後輩の女の子とデキるという事例があるとするわね」
 ……どこかで聞いたような話だ。
「この場合、この先輩の精神性は男性なのかもしれないし、ボーイッシュな女性かもしれない。だけど、いずれにしろたぶん女性が好きなんだよね。後輩の場合は、女性が好きなのかもしれないし、ボーイッシュな女性が好きなピンポイントな嗜好の人かもしれないし、実は何でもいけちゃう人なのかもしれない」
「頭がこんがらかります」
「ここでまあ、絢ちゃんを考えてみると、絢ちゃんは中身までどう考えても女性よね」
 それはそうだろう。僕は、とか絶対に言いそうにない。
「私が思うに、と言うかずっとそう思っていたんだけど、絢ちゃんの対象はずっとピンポイントであなただけなのよ。男性女性関係なく、あなたしか愛せない人なんだわ……」





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