さよなら
真っ白いソフトクリーム。
小さな女の子の手に頼りなく握られている。
小さな口が「あーん」と開いた時、案の定と言うかやはりと言うか、クリームだけがぺしゃっと落ちた。
女の子は、ぽかぁんと不思議な顔をして、落ちたクリームと母親を交互に見ている。
母親は「あーら!」と言うと、口が開いたままの女の子の頭を軽く撫で、フフっと笑うとベンチを離れ、キッチンカーからまた1つ買って来て、今度は確り両手で握らせた。
暑さでクリームはゆるゆると融けてゆく。口や手や膝に敷かれた向日葵柄のタオルを白くしながら満足気に食べている。
幸せな時間はいつまでも終わらないと信じているかのように。
それでもとうとうクリームを食べ尽くすと、コーンをぶんぶん振りながら母親に差し出す。すっかりしなしなになったコーンを齧りながら、母親は「おいしかったねぇ。」と微笑んだ。
新しいタオルで女の子の口周りや手を丁寧に拭き上げると「おうち、かえろうね。」と言って、小さな手を握ってベンチから離れて行った。
落ちたままの残されたクリームは、暑さでアスファルトの模様に沿ってジリジリと広がり滲んでゆく。
通り過ぎる人の目に留まったり、散歩中の犬がクンクンして少しだけ舐めたり。
プール帰りの男の子の集団に早足で踏まれる。登校日だった高校生の、フラフラとした自転車のタイヤの跡が付く。
ありんこが何処からかやって来て、小さな行列を作り出す。
小さな木の枝を見つけてきて、座り込んでありんこの行列をつついて壊す男の子。
そのうち、遠くから雷の音。
雲行きが怪しくなり、夕立がやって来た。
大きな雨粒がクリームの残骸を叩き続け、綺麗に流し去ってゆく。
残ったのは、雨と混じるアスファルトの匂い。
真っ白だったわたしは、どこへ行ってしまったのかな。
さよなら。
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