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幸多かれ
「まいど」
3度目に店の客となったとき、その人は言った。
覚えていてもらえたことを嬉しく思いながら、カウンターに座る。
ハイボールのシングルを頼み、待ち合わせの相手を待つ……。
***
「百楽本店」。
初めてこの居酒屋に入ったのは、先週のこと。つまり、この2週間で3回来ていることになる。
店の壁にずらりと並ぶ黄色い札に書かれたメニュー。
黒板には日替わりのメニューだろうか。眺めているだけで幸せになる品書きが続く。
モロキュー、子持ちししゃも、ソース焼きそば。
先週の金曜、どうしても飲みたくなってしまって、勇気を出して1人で暖簾をくぐったときに、おなかのすき具合をたしかめたしかめ、まわりのお客さんの注文した品を横目に見ながら頼んだ品々だ。どれもすごく美味しかった。
「高島平でオアシスを見つけた……!」と歓喜した。
浮かれた気持ちで、あらためて壁のメニューをじっくりと見る。そこで見つけてしまったのだ。
--お客様へ
この度、令和五年三月三十一日を以て百楽本店を閉店させて頂く運びとなりました。
四十五年もの間、ご利用頂きましてありがとうございました。
心より御礼申し上げます。
限られた日々ではありますが、頑張りたいと思っております。
皆様のこれからの長い人生に幸多かれとお祈り致します。
百楽本店一同--
……
「やっと見つけたオアシスなのに」
「勧めてもらったタイミングですぐ来ていればこういうことにはならなかった?」(友人から紹介してもらいお店のことは知っていた)
哀しみとショックが頭をぐるぐるした。
が、オアシスはまだオアシスだ……! 3月はまだ終わってない!
と、翌日には友人2人とともに、その数日後には両親をつれて行った。
そこで、冒頭の「まいど」である。
店員さんは気持ちのいい接客で、1人で行っても誰かといても変わらない。
複数のお客さんのドリンクを、ひとりで作る所作に見入る。
店の奥に調理場があって、料理人がこちらもひとりであらゆる美味な品々を出してくれる。
友人と3人で行った際には、マグロのぶつ切り、ホタルイカ、ハムカツ、チーズ焼きを瓶ビールと緑茶ハイで。
昨日は、遠方での仕事を切り上げて、都内で仕事があった両親と待ち合わせをした。
このあと旅に出るので、わたしが百楽を堪能できるのは最後だ。
豆腐サラダに、レバーソテー、チーズ焼き、焼き鳥(シロとレバー)、チーズオムレツに塩焼きそばをいただく。
店を出るお客さんから「お先に〜」と声をかけられて、嬉しくて大きな声で返事をする。ここに集う人たちも、みなさんそろって佇まいが素敵だ。
会計をしながら、今日来れるのが最後である、と挨拶をした。
「ああ、このところよく来てくださってましたよね」
また嬉しくなる。
被っていたキャップをとって、一礼して店を出る。
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