おとそ。(飲み物という名の冒険⑨)
正月である。せっかくなので正月らしい飲み物の話をしよう。
そう、「おとそ」だ。
正月、朝起きて、祖母宅のダイニングテーブルにつく。
しばらくすると、おせちでいっぱいのテーブルの上に赤い急須と皿のセットがでーんと置かれる。父が皿を各人に配り、急須のおとそを注いでいく。
そして新年っぽい挨拶のあと、年少者から順に、このおとそを口をつける(飲むという量ではない)。
これぞ初春の風物詩。
とはいえ、おとそは苦手だった。苦くて変なにおいがする。正直、今も得意ではない。
あの独特のにおいの話
少し話は逸れるが、おとそを口につけるたび思い出すものがある。
それは子供の頃、ベルリンに住んでいた時のこと。住んでいた地域にスーパーは2、3あったが、そのうちの一つに「ビオ」という名前のスーパーがあった。
ビオは、自然派食品のスーパーだ。そういった店には大抵ハーブやらスパイスやらが置いてあって、独特の香りを放っている。
「無印良品」を思い出して欲しい。ビオはあれの十倍くらいのにおいがする。幼少期の私にはまだ早過ぎた。
そんな、幼少期の、きついビオのにおい。それぞまさに、おとそだった(誰もピンと来ない話で申し訳ない)。
おとそはリキュール
さて、おとそというのは結局何なのだろう。子供の頃は飲ませてもらわなかったから「酒」なのだろう(成人すると、年々量が増えて難儀している)。
調べてみると、国税庁は一応「その他お酒に関するもの」として分類している。
だがそれよりももっと驚いたのは、おとそが「リキュール」だという事実である。
リキュールというのは、酒に薬草などを漬け込み、香り付けをした飲み物をさす。
リキュールというと、カンパリ、イェーガーマイスター、カルーアなど、(ど偏見であるが)「ウェイ系飲み物」が思い浮かぶ。
その一翼をおとそが担っているというのはちょっと笑える。「パリピ正月」だ。
屠蘇散は漢方
調べてみると、おとそは、「屠蘇散」と呼ばれる、一種のミックススパイスを酒やみりんに漬け込んで作る。
ビオのにおいの正体は、このミックススパイスにあるらしい。いろいろな調合があるようだが、「内藤記念くすりの博物館」の公式サイトによれば、
今では毒のイメージが強いトリカブトなどもかつては含まれていたらしい。
ミックススパイスというより、むしろ漢方薬である。そういえば、漢方胃腸薬も、おとそやビオと同系統のにおいがする。
おとそは新しい一年の無病息災を祈って飲むものだが、中身が漢方薬なので、清々しいほどダイレクトな無病息災ドリンクといえる。
おとその歴史
面白いことに、おとそには発明者がおり、その名を華陀という。実在しているのか、そこまではよくわからないが、中国は漢の時代の医者だそうだ。医者が作ったということはやはり、漢方薬という扱いなのだろう。
そんなおとそが日本にやってきたのは平安時代。平安時代というと雅な時代のイメージがあるが、実際は疫病に天災にありとあらゆる禍だらけの時代だった。無病息災は今よりももっともっと切実だっただろう。
とはいえもちろん、外来のリキュールを嗜めるのは貴族だけだった。今のように日本中に広まったのは、庶民の経済的余裕が生まれた江戸時代以降のようだ。
まずくたってしょうがない
おとそは漢字で表記すれば「お屠蘇」。みるからに魔力が強そうな字だが、意味としても、「邪気を屠り、心身を蘇らせる」となるらしい。
人は一年生きていれば邪気も抱え込むし、心身も疲れ切ってしまう。ひとまず、新年にそれらを持ち込まないように、年の初めに毒消しをしておく。
良薬口に苦し。まずいのは仕方がないようだ。そう思いつつ、来年からもしかめっつらで、おとそを飲もうと思う。
【参考】
酒類総合研究所情報誌「お酒のはなし」【特集;リキュール】6号
「くすりの博物館HP」薬草に親しむ「❶身近な生活にある薬用植物 屠蘇散」
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