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オリーブの囁き(飲み物という名の冒険⑤)
突飛な取り合わせの飲み物と出会うことは少なくない。
以前紹介した松ジュース、いつか紹介するかもしれないずんだサイダー、牛タンサイダーに至るまで、世界中の飲み物屋たちは冒険を繰り広げている。
人類にはまだ早すぎる味がするものもあれば、意外な相性に舌鼓を打つものもある。
ところが、時に狐につままれたような気持ちになるものもある。
旅人と海
高松駅は港の近くにある。
県庁所在地のメインの駅があんなにも港に近いのも珍しいように思う。
そもそもこの街は、駅も港の近くなら、城も海沿い、裁判所や農協などもそのあたりにある、海を中心とした街なのだ。
そんな高松の、港が見えるテラスが私のお気に入りである。
誰でもふらっと立ち寄れて、それでいて目立っていないのか、あまり観光客で溢れていない。
日さしがついているので日差しも避けつつ、海をただひたすら眺めることができる。
特に何もしなくても、港に出入りする船、道ゆく人々、そして海の向こうの島を眺めながら、時間が溶けてゆく。
人をダメにするテラスである。
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全世界が滅びようと、このテラスだけは残ってほしいと切に願う。大袈裟である。
このテラスは夜でも閉鎖されることはないし、治安の悪さもまったくない。
つまり、夏の夜風を浴びるにはもってこいというわけだ。
だが、夏は何かと喉が乾く。
私は、駅にある銘品館に向かった。
誰がために銘品館はある
銘品館というのは駅のコンビニと一体化したお土産物屋である。
一概にはいえないが、山陽ではおみやげ街道、北陸と東北ではおみやげ処という名前のようだ(私調べ)。
私にとってそういう店は、お土産を買うところというより、その場で消費する土地のもの、特に飲み物を買う場所となっている。
だが高松銘品館において気をつけなければいけない点が一つある。
それは、高松が四国の玄関口を名乗っている以上、特に香川と関係のない、すだち飲料や、みかん飲料などがあることだ。
土地のものを飲みたければ、きちんとした目で吟味しなくてはならない。
(仙台なども同じである)
などと、鑑定士ぶりながらショーケースを見て回ると、一つ面白い飲み物を見つけた。
「オリーブコーラ」
と、そこには書かれていた。
偏見よ、さらば
オリーブとコーラ。
未知数である。
オリーブというと、実か油だ。飲み物の印象はない。ギリシャの人は健康のためにオリーブオイルを飲むらしいが、飲み物とは違う気がする。
それに、コーラというと甘い飲み物だが、おつまみやサラダのイメージが強いオリーブはどうしても塩味の印象である。
しかしなぜオリーブなのか。
理由は単純だ。高松港から1時間ほどで行ける巨大な島、小豆島の名産がオリーブだからである。
その後、香川では、オリーブサイダー、オリーブグラッセ、オリーブ茶などあらゆるタイプのオリーブタイアップ企画を目にした。
至極単純な理由で、至極奇怪な組み合わせを試す。嫌いではない。
私はオリーブコーラをひと瓶購入し、夜の港へと急いだ。
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オリーブの囁き
テラスに座り瓶をテーブルに置く。
薄暗い中で、ラベルに「オリーブの囁き」と書いてあるのが見える。
囁くのか、オリーブは。
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私は瓶に手をかけ、捻った。
口の輪っかがバリバリっと蓋と分離される。
シュッという音がして、瓶の中の液体に命が吹き込まれる。
気温は暑い。グイッと行きたいが、あえて堪える。
まずやるべきことは何か。
オリーブを感じることだ。
私ははまず瓶の口に鼻を近づけ、香りを嗅いだ。
まず、コーラの香りがする。当然である。コーラなのだ。
私は注意深く、香りに集中する。すると、ほんのりと、オリーブの身を食べたときにする香りがあることに気づいた。
私はなんだかオリーブを見つけたことで嬉しくなった。
お次は味だ。
瓶を口につけ、ゆっくりとコーラを飲む。
うまい。
うまいが、コーラだ。
ソムリエのように口の中でコーラを転がしてみても、どう転んでもコーラだ。
オリーブは、儚かった。
ふと気づいたことがある。
我々人類は、どこまでオリーブの香りや味を味わったことがあるというのだろう。
オリーブオイルはギリシャやイタリアの人々でなければ、調理に使って満足する。
オリーブの実は食べるとはいえ、大抵は塩漬けになっている。
そんなことでは、コーラにオリーブが入っていても、気づかないだろう。
だからきっと、ラベルには「オリーブの囁き」と書いてあったのだ。
オリーブコーラは、ご当地オリーブを消費するためのものではない。オリーブの朧げな香りと味、そう、オリーブの囁きを聴くためのものなのだ…ろうか?
後日談
その後、私は高松という街が気に入り、三度も訪れた。
三度目は十一月の頭。もうすっかり寒くなっていた。
それでも厚着をして、例のテラスに入り浸った。
正直、冷たい飲み物の気温ではなかったが、私はオリーブコーラを買いに銘品館に立ち寄った。
ところが、そこにオリーブコーラはなかった。
オリーブの囁き同様、オリーブコーラそれ自体も儚かった。
季節のものだったのか、「看板に偽りあり」とされたのか、それともどこかへ旅立って行ったのかはわからない。
だがいなくなって思うのは、オリーブと一口でわからなくても、「これはオリーブか…?」と首を捻ったりしている時間がクセになる飲み物だったということだ。
また次に高松に行く時は、会えるのだろうか。
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